4月30日…今日のこの日は、ある意味でジョンヒョンにとっての、もう一つの命日なのかも知れません。
彼が旅立って、早4ヶ月が経ちました。
機会的に流れていく時間とは別に、私の体や気持ちは、それには追いつかずに、現実と夢の狭間を行ったり来たりしているようです。
ある日は、夜中の12時になると、いつもそうだったように「푸른밤 종현입니다」の過去の放送をかけ、今まで通り、なに一つ変わらない、以前の自分に戻そうとするのです。
暖かい布団の中で、聞く彼の声は、いつもと同じで私の心を癒してくれます。まるで体に溶け込んでいくような、心地よいメロディが奏でられていきます。
彼が奏でる声という名のメロディは、時に彼の歌となり、詩となり、放たれる言葉全てが、音と混ざり合い、奥深い作品として出来上がっていくのです。
聴いていると、ついつい、ウトウトしてしまい、眠りに誘われてしまいます。
そのうちに、眩しい太陽が顔を出し、また違ったメロディが耳元で繰り返されます。
鳥のえずり、また新鮮な一日が始まっていきます。私の人生が全て音楽に溶け込み、奏でられるものなら、どれだけいいだろうかと、感じるのです。
この半年、一番私に多く寄り添ってくれたのが、ジョンヒョンの「音」だったのかも知れません。
ジョンヒョンのもう一つの命日と書きました。韓国ソウルのカンナムにある SMTOWN の一角に今年1月から、ジョンヒョンの追悼空間が設けられています。私もこの空間に何度か足を運んで来ました。いま4度目の訪問を終えたところです。
ただ今回は過去の3度とは違う、別の目的がありました。4月30日を最後にこの追悼空間が、なくなってしまいました。これからはまた別の場所で設けられるかも知れませんが、これほどまでに大きい追悼空間は、恐らく、最後になるでしょう。
ジョンヒョンの写真が大きく2枚飾られた、この空間に沢山のメッセージ張り巡らされています。
韓国国内のSHINeeファンの方はもちろん、世界各国から本当に沢山のメッセージが集まっています。
私と同じように、日本から来られた方々のメッセージには、『FLOM NOW ON』のアルバムをメッセージに代えて置いて帰られる方など、2月の東京ドーム公演で、使われたサプライズグッズを記念に残して帰られる方、4月18日付け朝日新聞朝刊のSHINeeの記事を一面を貼って帰った方、その他にもタワーがSHINee色に染まった時の写真を届けて帰られる方、わからないなりにも、一生懸命に韓国語で書いている海外の方のメッセージも…。
本当に、本当にたくさんのメッセージが残されています。どれだけ多くの人々に影響を与えたのか、ここに追悼空間に立っていて、それを感じずにはいられません。
ジョンヒョンは、空の上からこのメッセージをどう眺めているのでしょうか。
2ヶ月前に訪れた時には、この量だったメッセージが、今は、もう貼るところがないほどに、なっています。
ジョンヒョンの「死」を受け止める事は、私にとって、決して簡単ではありません。同じ想いを、持つ人々が毎日のように、この空間を訪ね、涙で語り掛けて居るのです…。
彼が旅立ってしまったという現実は、未だに、私自身にも多くのファンの皆さんにも、とても大きい事なのです。
今は、ただひたすら、彼がまだ何処かに生きてきて、音楽活動を辞めて、静かに暮らして居るという風に、思い、心を鎮めています。
時には、涙が流れてくる日もあります。信じたくない気持ちを、落ち着かせる方法は、「まだ生きている。」と何処かで、思い、励ますしかありません。
彼の大きな写真や、彼への沢山のメッセージを見ても、涙は乾く事はありません…。
この半年、私の思考は本当にピタッと止まってしまったかのようでした。
そして今日、ジョンヒョンの最後を、500人以上いたでしょうか、沢山のファンの皆さんと、一緒に送り出す事ができました。
私は、彼のことが大好きです。
今でも、心から尊敬し、愛しています。
彼のラジオから聞こえてくる声は、「音」は、その日の、汚れを、洗い流してくれるようでも、ありました。
あるいは、錆びついた体に油をさし、萎れた花に水を注ぎ込むように、愛を注いでくれました。
彼の憂鬱が、彼の寂しさや悲しみが、作品に姿を変えて、沢山の人達を、勇気付けてくれました。
そんな彼が旅立って、体は錆びついたまま、花は萎れたままです。
皆様は、いかがお過ごしですか…。
沢山の方々に、私のブログをご覧頂き、光栄です。
私は、私の気持ちを、文字に表して、1人でも多くの方と、分かち合うことができればと思っています。
そしてそれが、ジョンヒョンに届けばと思っています。
生前ジョンヒョンは、山荷花という小説の中で、彼自身を登場人物として、ラジオで語りかける場面がありました。
〜 내일쯤 〜(明日あたり)
「たまにこんな日があります。
特別な理由もなく、
とても疲れている日。
普段はうまくいっていた事が、
簡単に解けない日。
だからイライラが倍になる日。
そんな日には、
いくら周りが、
頑張れと声を掛けてくれても、
癒しにはならないんですよね。
僕はただ、
僕の話を聞いてくれて、
頷いてくれる事を望んでいるだけなのに、
頑張れと、
お前ならできるはずだと、
プレッシャーを与えられる時がありますよね。
もちろん、
頑張れと言ってくれた人が
間違っているわけではありません。
たまには、頑張れという言葉よりも
「大丈夫、今日は休んでもいいよ。
それぐらいの事、明日やればいいじゃない。」
なに、こんな感じの言葉を聞きたいという事です。
とにかく今日一日、
苦労された沢山の人達に、
なにか疲れて、
気が抜けてしまった人達、
ご苦労様でした…。
常に「僕たち頑張りましょう。
明日はもっと良くなるはずです。」
こんな言葉で締めくくっていましたが、
今日は、
いつものようには終わりたくないですね。
明日あたり頑張ればいいですよ。
いや、明後日あたりでも構いません。
なんなら、ずっと憂鬱でも構いません。
いつでも来てください。
僕はここに居ますから…。
最後の曲
『내일쯤(明日あたり)』
聴いてください。
明日もまた休みに来てください…」
〜 산하엽 〜(山荷葉)
「『山荷葉』という花があります。
小さくて白い花なんですが、
露や雨に濡れると
花が透明になるそうです。
不思議でしょ?
少し前に、私たちの人生を
花で、表現して欲しいという
お便りがきて、
綺麗な花、
素敵な花、
なにがあるか探していて知った
夢のような、花なんです。
私たちの人生には、
見えていても避けられない事があります。
そして、
目に見えていなくても、
常に一緒にいるものもありますよね。
その花の花びらのようにです。
生きるという事は、
感情がビチョビチョに濡れていき、
互いに染まって、
そしてまた乾いていく。
なに、そんなもんじゃないでしょうか。
実は世界はいつでも乱高下していくから、
大きく変わるのものは、
気持ちだけな気もするんですよね。
その変化を理解して、
謙虚に受け入れる事。
これが幸せの基本になっているのでは
ないだろうかと、考えてみました。
今日の最後の曲
『산하엽(山荷葉)』
聴いてください。
明日もまた休みに来てください…」
そして、この本の最後には、ジョンヒョンの言葉が連ねられています。
作家の言葉
「僕にとって音楽とは」
多少ありがちに思えるこの質問は、
僕にとって大きな宿題でした。
初めて、
ベースギターを持った中学生時代。
その時、僕にとっての音楽は、
楽しい遊びでしたが、
歌手を職業にし始めた瞬間から、
僕には「音楽」というふた文字が、
世界のなによりも重く押し寄せて来ました。
長い時間、悩んだ末に
「音楽の本当の意味もわからず、
今までやって来たのではないだろうか」
という考えに、
自壊感(挫折感)すら押し寄せて来ました。
「音楽の三大要素、旋律、話声、拍子が基本となり…」
こんな硬い、
辞典的な意味よりも、
僕にとって音楽は、
なんなのかを知りたかったのです。
クエスチョンマークを浮かべたまま
とても長い時間を送り、
慎重に僕は
「音楽は話」
だという答えを見つけました。
共感し、交感し、想像のできる話。
どんな話しを歌おうと、
聴き手が、話者の話に
感情の動揺を得られるならば、
それは良い音楽であるという答えも
共に得る事ができました。
そして、
良い音楽に比例した
共感と、交感はまた、
音楽のとても大きな力を引き出してくれる。
まさに、想像力を爆発させる力。
「この歌、始まる前は、どんな話があっただろうか?」
「この歌が、終わった後は、どんな話が続くだろうか?」
音楽の始まりと終わりの、
境界線は曖昧です。
だからこそ、
聴き手に沢山のものを投じて、
想像させる。
だから、いい音楽を聴くたび
込み上げる感情に
彼の話、主人公がまるで、
自分であるようで、
その歌がまるで自分の世界のようだ。
僕は、良い音楽を作りたいという欲望が溢れて
音楽を作りながら、
常に話の前と後を想像します。
そして、それが習慣となった頃、
この想像達を連結して、
一つの世界を作ったなら、
もっと楽しいのではないだろうかと思ったのです。
始まりと終わりが、
曖昧だった僕の音楽達に、
貫通する一つの話があったならば、
もっと複雑に感情を引き出せるだろうし、
状況と人物が与えられるなら、
もっと明確な絵を描けるだろう、
ならばそれもまた違った
「音楽と鑑賞法」
になるのではないだろうかと思ったのです。
その欲望がこの本を書きました。
音楽の始まりと終わりの
想像を聴き手に、渡すのではなく、
作り手が教える事ができれば、
面白いのではないだろうかという軽い気持ちで。
そして、すぐにこのメチャメチャな
僕の文章力に挫折しました。
「想像力の帰属」
それをしてみたかったのです。
今、この本を読まれたあなたに、
話の間々に紹介した曲達は、
知っていたなら、
もう一度その曲達を、聴いて、
この本を読んで頂ければ…
そして、
以前とは違った感情を感じてもらえればと思います。
あるいは、以前よりももっと深い、
「感情の動揺」
を感じて頂けることを願います。
とても、良い加減な文ですが、
小説なのか、
歌詞集なのか、
エッセイなのか、
ジャンルは曖昧なこの本は、
彼と彼女、
そして僕とあなたの話になれますよう。」
今思うと、彼自身が、誰かから、掛けて欲しかった言葉だったのではないかと感じます。
もうこれ以上、彼が苦しむ事のないよう祈ります。
この4ヶ月に渡り、ジョンヒョンの事を書いてきたこのブログも、しばらくおさらば。
それでもまた、ジョンヒョンの事を思い出して、涙する日や思い出す日があると思います。
その時はまた、彼の事を思い、綴るかもしれません。
来月はSHINeeの10周年です。そして、7月には日本でのSMTOWNが決まりました。
SMエンターテイメントによる、
「5月1日からは、ジョンヒョンを心にしまって、ジョンヒョンと共に皆さんが前に、進む事を願っています。」というメッセージかも知れません。
私も、また明日から前に進みたいと思います。
18歳の少年が、10歳年上のお兄さんに、勇気と希望をもらって、ジョンヒョンのように、自分自身が輝けるよう、ジョンヒョンにまた会えるよう、生きていきます。
永遠に記憶します。
そして、ご覧の皆さんのこれからの未来が、SHINeeの名のように輝くものである事を、心から願っています。
SHINeeの5人のこれからも、明るい未来でありますよう、祈ります。
FLOM NOW ON 今からまた始まります。
今日の最後の曲
『FLOM NOW ON』
聴いてください。
明日もまた休みに来てください…