我が未来は 定まった![]()
というより もう未来が これしかない
挫折したら 世捨て人があるか![]()
会社に入れてもらえることになったものの(-_☆)
しばらく 間が 開いてしまう気がする
まあ のんびり いくか![]()
とも言ってられない我が家だろ![]()
会社 (H社) を出てから 私は 私が育った家
川口にある実家に向かった
そこでは 私の両親が 婦人服縫製業を営んでいる
かつて 私の本業だった仕事だ
家業を継いで 親と一緒に働いていたのだが
今から 10年ほど前だろうか![]()
ちょうど 中国に どんどん生産業が流れていた頃だ
その仕事量の減少から 私は 縫製業を離れた
もう 私が家族を養うだけの給料は
縫製業で稼ぐことは難しくなった
ここから 私の 仕事放浪生活がはじまった
また 両親が かろうじて 縫製業を続けていてくれることには
ありがたさを感じている (-_☆)
昼飯を食べに行ったようなものだが
昼頃 実家に顔を出す
「おお どした」
親父が聞いてくる
「ちょっと仕事がひまになっちゃった
バイトさせてもらえるかい?」
「どした 会社危ないのか」
「いや この時期暇になっちゃうんだよ」
この数年の 私の 仕事放浪状態から
両親は 私が今 何の仕事をしているかを知らない
たしか 昔 派遣で少しだけやった
キャノンのプリンターの紙送りか何かの
ある一部分の部品を作っていたときの工場![]()
たしか そのあたりで 止まっているな
あれも確か 3ヶ月で辞めた![]()
実家の仕事を離れたあと
私は 上海の縫製工場に就職した
そこを 2ヶ月で辞めた
というより首になった
帰ってきてとりあえずの仕事で手を出したのが
派遣の夜の仕事だ
夜9時から 朝 8時頃までだったんじゃないかな
全くだめだった![]()
寝らん 寝りん 寝るん 寝れん 寝ろ
寝れない 変格活用だ
昼間寝るというのは 気の小さい私には無理だった![]()
というあたりから 親には報告していない
部署が変わって昼間の仕事になった とか
転勤で 東京の北区になった とかごまかし続けている
特に母親は心配するのが趣味の人だからな
3月5日 ここまで 結構間が開いてしまう
空いた時間は 実家で バイトさせてもらうこととなった