6月16日 日曜日
今日は日曜日 日曜は 日曜日
世界はそれっぽく 人も車も日曜だ![]()
朝 走りだすが 人が少ない その分 お客様も少ないのだ
ただ 道がすいているから どんどん走れる
そして ライバルである タクシーの台数が少ない
ある意味 好きな曜日でもあるのだ
日曜の弱点は夜だ 特に平日であれば稼ぎ時の12時過ぎが弱いのだ![]()
だから 売り上げは どちらかというと伸びない
やはり 昼間より夜 青タンとなる 10時以降が大切なのだ
しかし もちろん例外はある 昼間だって いい出来であるときはある
その最も意外性のある曜日 それが 日曜なのだ![]()
朝の3人目のお客様 池袋北口まで 650円のお客様を降ろしたところ
外人のお客が声をかけてくる
「のあーりた のあーりた エアポーツ」
「え え なりた 成田エアポート??」
どうやら間違いない 成田だ 都内タクシー運転手の夢
成田空港を拾ったのだ
それは無線ではある 成田に行くお客様は 無線が多い
あくまで噂の話ではあるが
無線で成田の場合 日本交通本部の車が優先的に回される
日交グループである 我が春駒交通は めったに回ってくることではない
まして 流しで拾えることなど 一年に一回 あるかないか・・・
5年やってて一度もない人もざらにいる
昼間から成田空港に行くということは それほどのことなのだ![]()
私はタクシー歴1年3か月 3回目の成田だ
流しが2回 無線が一回 これは 多いほうと言えるだろう
今日 ほとんど朝一に近い状態で 成田へ行くことが出来ました![]()
中学生くらいの子供2人とママとパパ 4人を乗せた一時間の一期一会でした
高速代込みで26520円でした![]()
帰りに酒々井パーキングによる トイレ休憩とお土産を買う
家内にパン 会社の内勤におつまみピーナッツだ
酒々井はピーナッツが おすすめのようなのだ
高速で芝公園まで戻り 再度 営業に入る
そして12時を過ぎたころ またまた奇跡が起きる
無線が鳴った 現地につき お客様が来る
「2時間ほど拘束しちゃうけど大丈夫かい?」
「もちろん大丈夫です」
「横浜町田まで往復してほしいんだ。向こうで20分くらい待っててもらいたいんだけど・・・」
「ぜんぜん大丈夫です」
私は喜び勇んで旅立ちましたとさ![]()
行きに多少の話を聞いたが 行先はまず 諏訪神社
そこで15分ほどお祈りをしてくるという
遠めに車から覗いていると 熱心に手を合わせ 清め 拝んでいる
私にはその意味が分からない
そして それが終わると その人が持つことになったという
ワンルームのようなアパートに行き そこをお清めしている
ぽつぽつ雨が降ってくる中 その人は拝んでいる
そこは5分ほどで終わる 合図をされて 車を寄せる
そして また目黒の駅近くまで帰ることとなった
帰りながらどう聞いていいか解らないようなことを
いい人そうなその人に聞いてみた
「ちょっと聞いてみたいんですが、何を拝んでたんですか?」
「ん あの建物を持つことになってね、その氏神様に挨拶してたんだよ」
「う 氏神様っすか?」
「そう その土地土地を治める氏神様がいて、月一回は挨拶に行ってるんだ。」
どうやら私の住む土地にはそこを治める氏神様、神社があって
その神様には挨拶しておいたほうがいいというおすすめだった
伊勢神宮系 出雲大社系 大きくその2つの系列があって
ということだった。
その他、神事の話をしながら2時間の旅は終わった。
高速代込みで 28950円
この2件で5万越え これはありえない出来事なのだ
普段であれば夜22時に5万行っていれば上出来の部類なのだから・・・
目黒に着くとすでに大雨となっている 天気予報通りだ
ということは お客様はいくらでもいると言う事だ
空車になれば無線が鳴る なるより早くそこにお客様がいる
その状態が夜8時ごろまで続いただろうか?
おかげでこの日の売り上げはすごいことになっていく
しかし 雨がやみ 日曜の夜22時を過ぎると やはり厳しいね
今まで10万の壁は越えたことがない
なんとか今日はその壁を越えたい いや越えられる
その気持ちとゆるゆると闘う時間帯だった
深夜12時 六本木から下北沢の辺りまでのお客様を乗せる
これで 10万を超えた これで 記念すべき日となった![]()
まだ時間はある 11万に挑戦だ
11万という数字は我が社ではこの1年3か月2回しか見たことがないからだ
その後 680円 2020 810 1080 と細かいのが続く
ハンドル時間が過ぎた 回送で帰らなければならない
でも記録に挑戦したい 私は回送にはしなかった
空車のまま池袋まで戻ってくる そこで手が上がった
「戸田まで行ってくれますか? そのあと蕨まで・・・」
「かしこまりました!」
これで11万を超えた![]()
無の世界 体の力が抜けた
おそらく中国人だろう 戸田で最初に男性を降ろす
半分つぶれてマンションに着くと女性に抱えられるように降りて行った
そして女性が戻ってきて その方を蕨までお送りする
地味ではあるが端正な顔立ち その方を 私が 和樂備神社にちなんで
和樂美人とする 和樂備神社の和樂備
明治末期に神社合併の国策により各社が一つとなり
その名を蕨一文字では物足りなく
万葉仮名からとって 和樂備 と名付ける
その一文字を ここで私が変え 和樂美とする![]()
和樂備神社が美人に相当する佇まいであるからでもある
その神社の七夕は小さい頃からよく行っていた
七夕といっても8月7日前後に行われている
正確には蕨機祭りというらしい 昔は機織りで有名だったからと言う事だ
幼稚園くらいだったかな? 私の実家は川口だが 親父が会社を蕨にも持っていたので
そこから祭りに行き 迷子になり 散々な思いでなんとか家まで帰ってきた
そしたら 従業員みんなで探し回っていたようで
心配を通り越した親父から力のこもったびんたをもらった
後にも先にも親父から手を挙げられたのはそれきりだった
私はその場でしょんべんをちびり泣き崩れた
そんな思い出を今でもはっきりと覚えている
そんな思い出を噛み締めながら帰路に就いた
本日の総営収 113660円