と聞かれて躊躇なく、幸せだ と答えられたことが今までの人生であっただろうか。
今以上に自信を持ってそう答えられる時代は、私が生きてきた中でなかったと思う。
私が生まれた家族ではいつも何かしら悲しみの背景があって、学校でどんなに楽しく友達と遊んでも、心のどこかに暗さを持っていた。
子供時代の両親の不仲がどんな風に子供の世界を不安にさせるか。経験した人にしか分からないと思う。
晴れた日の穏やかな景色にさえ、白黒写真のように意味を持った物悲しさが漂う。
特に小学校低学年の頃の自分を思い出す時、冬の木枯らしのなかを1人で下校している姿がいつも思い浮かぶ。心の中には楽しい予定も友達との約束もあったろうに。
今、幸せだ。
具体的に言うと、衣食住に困らず、夫婦そして家族仲良く暮らしている。私は仕事をせず子供たちと過ごしている。子供たちの希望をできるだけ聞いてあげられる環境がある。
私はこう答えた後、自分が今までの人生で何を本当に求めていたのかに気付く。
なりたくてなれなかった職業もある。専業主婦になりたいなんて夢を文集に書いたことなんて一度もない。自分でいうのも変だけど、何かをやりたくてやり遂げられるだけの素養が自分にはあると思う。
でも、きっと、自分が人生で渇望してきた望みはこれだったんだ。
ものすごく陳腐な言葉でしか表現できないけど、暖かい家庭と愛し愛され、赦し赦される家族。なんて人を安心させるものなのか。この土台があればこそ、飛んでいける気がする。
家庭に恵まれなくてもそれをバネにしたりしなかったりで自分が輝く世界に飛んでいける人もたくさんいるだろう。自分が手に入れられなかったものの言い訳にしているわけではなく、私はここで初めてスタートラインに立っていて、ここから飛べるかもしれないということ。
ここに立たずに自分を誤魔化したり彎曲したりして何かを手に入れるのが強かった。後でものすごいしわ寄せが来そうな気が、無意識でしていた。大事なものを先に手に入れないと不安だった。
人が生きていく上で一番大事なもの。
そしてそれを我が子に与えられているのかと自問自答することこそ、今一番大事なことだというのは忘れてない。
