何をするときも、深い油断のなさを持って行いなさい。
そうすれば、どんなに些細なことも神聖なものへと変わります。
料理や掃除さえも神聖な儀式となり、祈りとなるのです。
大切なのは「何をしているか」ではなく、「どのようにしているか」です。
ロボットのように、ただの機械的な作業として床を磨くこともできます。掃除しなければならないから、掃除する――そのとき、あなたは何か美しいものを見逃しています。
床を磨くことは、素晴らしい体験になり得たはずなのに、あなたはそれを逃したのです。
床は綺麗になったかもしれませんが、あなたの内側で起こり得たはずの「何か」は起こりませんでした。
もし、あなたに気づきがあり、油断のない意識があったなら、床だけでなく、あなた自身も深く浄化されたような感覚を味わったことでしょう。
意識をいっぱいに満たし、気づきの光を放ちながら床を磨きなさい。
仕事をしていても、座っていても、歩いていても、一つのことを継続的な糸のように繋いでいくのです。
人生のより多くの瞬間を、気づきの光で輝かせなさい。
一瞬一瞬の中に、あらゆる行為の中に、気づきという名の蝋燭を灯し続けるのです。
その積み重ねこそが、「悟り」と呼ばれるものです。
小さな蝋燭のすべてが、一瞬一瞬の、すべての輝きが集まったとき、それは一つの巨大な光の源となるのです。
Osho Tranceformation Tarot
Enlightenment
一般的に「悟り」というと、山に籠もって修行をした末に辿り着く、浮世離れした特別な状態だと思われています。
けれど、このメッセージが教えてくれている悟りは、もっとずっと身近で、温かいものです。
悟りとは、世俗を離れたり、超人になることではありません。
それは、「今、この瞬間をどれだけ意識的に生きているか」という意識の質そのものであると言っています。
無意識(ロボット状態)とは、 「早く掃除を終わらせて、次のことをしなきゃ」と、心は常に「次」や「未来」へ飛んでいる状態です。
このとき、あなたは「今」をただの通過点として消費しています。
悟り(気づきの状態)とは、床を拭く手の感覚、水の冷たさ、体の動きを、ジャッジ(評価)せずにただ見守っている状態です。
日常の些細な行為を、自動操縦ではなく「全細胞で味わう」こと。その瞬間の連続が、悟りと呼ばれる光の束になります。
私たちは普段、「私」という小さな箱の中に閉じこもって世界を見ています。
「私がこれをしている」「私が評価されている」という「私」への執着が苦しみを生みますが、悟りとはこの「私」という境界線が幻想であると気づくことです。
あなたが深い気づきの中にいるとき、そこには「掃除している私」と「掃除される床」という分離が消え、ただ「掃除という現象」だけが光り輝きます。
これが、「一つであること(ワンネス)」の体験です。
悟りは一気に光り輝く太陽になることではありません。
コーヒーを丁寧に味わったり、大切な人の話を自分の意見を挟まずに聴いたり、水辺でカモを眺めている瞬間の静寂に留まったりすること。これら一つひとつの「小さな気づきの蝋燭」を灯し続けること。
その積み重ねが、結果としてあなたの人生全体を照らす大きな知恵となっていくと伝えています。
では、大きな知恵とは何でしょう?
私たちは普通、嫌なことが起きると「私は不幸だ」と思い、褒められると「私は価値がある」と考えます。
出来事に自分の価値を振り回されてしまうのですね。
「どうすれば幸せになれるか」「何が正しい選択か」という答えを、私たちは親や社会、あるいは占いなどに求めてきました。
けれど、真の知恵とは「答えは常に、この瞬間の自分の内側にある」という信頼です。
あなたが心からリラックスし、思考のノイズが静まったとき、ふと感じる「なんとなく、こっちな気がする」という感覚。
その微かな直感に従って生きる勇気を持つこと。
それが、暗闇の中を歩むときのランタンのような光になります。
すべては変化し、形を変えていきます。
若さも、人間関係も、今の苦しみでさえも、一箇所に留まることはありません。
これを「虚しい」と捉えるのではなく、「だからこそ、今この瞬間が唯一無二で尊い」と捉えるのが、人生を照らす知恵です。
この知恵があると、執着が消えていきます。
そうすると、手放すべきときは軽やかに手放し、今ここにある幸せを、最後の一滴まで味わい尽くすことができるようになるのです。
▶Blissful Ray ニュースレター
ニュースレターでは、読むだけで心が整ったり、気づきが生まれたり、前向きな力が湧いてくるようなメッセージをお届けしています。ぜひご登録ください🌹

※お名前や生年月日等の入力は「スキップ」できます

