石油兌換であるにはどのようにしても、石油を多く使わせなくてはならない、「水で走る車」の他に「電気自動車」ももっての外である。 

今まで電気自動車を普及させないために、米国と日本で、充電プラグの互換性を変えたり等々、とにかく電気自動車の充電インフラを普及させないよう一生懸命に骨を折っている。

一般的な人であれば、便利で安く使用できるのであれば、必ず普及するものだと思い込んでいる人が大半だが、石油利権を生む企業や国家にとってはそうはいかないと云える。

自前の石油確保をするべく、行動を起こしロッキード事件で失墜した田中角栄しかり、ロシアから天然ガスを引けば、国はもっと豊かになる、とロシア外交を推し進めて失脚した鈴木宗男や元外交官の佐藤優氏は皆の知るところである。

今まで国家のために奔走した人達が、石油兌換のためにどれくらい葬られたかは判らない。

金兌換であった1971年までに、ドルは2倍に増えたにすぎないが、石油兌換にしてからの、約42年間の間にドルは何と40倍刷ってる。

しかし、ドルを刷るという事は、どこかの国か或いは国民に債権を買ってもらう必要がある。ドルを勝手に刷り、市中にばら撒くことはできない。今までは、米国の債券はサウジアラビアか日本、あるいは中国に買ってもらっていた。

しかし今のように石油兌換が壊れて石油価格が暴落してしまっては、サウジは米国の債券を買う義理もなければその金もない。このことが石油価格が下がって、このままでは大不況になる。と大騒ぎしている原因なのだ。

日本は今、米国の債券を公表145兆円あるのだとしているが、実際のところはこの何十倍もあるのが現実である。もう日本も米国の債券を買うだけの余裕はない。

あとは、次の覇権をもくろんでいる中国だ。中国はいま鉄鋼生産は米国の11倍であり、この3年間で米国の建国から今までのコンクリートの使用量と同じ量を使ったとされている。

この前まで中国は世界第二位であったが、今では世界一位の大国になっているのである。

その中国は、日本のように無条件で米国の債券を買ったりしない、南沙諸島に飛行場を作る代わりに、それを黙認しろ、といった具合である。しかしそのネタも尽きつつある今では、米国債は買わないとしている。そうなればどこも買ってもらうところがなくなったので、利上げなどとかっこつけてはいるが、、、つぎは最終で

物事は偶然に起こったり又は偶発的に起こるものではない。それは国家の繁栄や衰退、また各個人に於いてもその隆盛や没落又は健康や病気、等々全てにおいてもその原因となるものは必ずある。

偶発的や奇跡的に宝くじの高額当選があるように思はれてはいるが、そこには、その高額当選者が、まず宝くじを買わなくてはならない。

しかし、たとえ買ったとしても、その本人が過去生から買うまでの現在において、その金額に見合う金銭的な徳を積んでいるのか、あるいはその金額に見合うだけの霊格の向上があるのかの、この二つの条件のどちらかを満たしているかによる。

この様に物事が起こるとその事柄だけを見がちだが、そこには必ず原因がある。これは「宇宙法則」であり「カルマの法則」でもある。

前置きはこれくらいにして。「米国は景気が上向いてきたので、ドルを刷るのよ止めて、金利を引きあげる政策にかじを切った」とこの様に云えば聞こえは良いが、本当のところはどうであるのか?ドルを刷るのを止めるとは、一体どれくらいのドルを刷ったのか。

このことは前にも少し書きましたが、それは1972年に遡る。米国は1972年までの金兌換(金の裏づけのもとでドルを刷る)を止めた。それは世界経済が成長すると同時に金兌換用の金が不足してドルを刷ることが出来なくなった。と同時に外為変動相場制を用いた。しかしドルを刷るのであれば何かの裏付けが必要になる。そこで金兌換から石油兌換とし、石油を買うのであれば必ずドルでなければならないとした。

これは世界的な暗黙の了解である。この石油兌換が今回起きるであろう、経済クラッシュ、または大変革、あるいはその前に起こるであろう大恐慌の原因となる元始である。

石油兌換であれば、必ず石油を大切なものとして扱い、必ず石油を必要不可欠であるように持っていかなければならない。と同時に石油のメジャー企業や産油国などは大変な利権を得ることとなり、石油はあと何年しかない。などと嘘を並べ立てたり、石油を使わせるためには「水で走る車」などはとんでもないことで、いままで5名ほど「水で走る車」を成功させたが、暗殺されたり大金で買収されたりしている。日本でも鹿児島の高校の教諭が水で走る車を成功させベンチャー企業をおこし、日本では埒が明かないので米国に行く。などとTVニュースで報道していたが、その後どうなったかは定かではない、これはほんの序の口にしかすぎず、、、つぎは③で

2月4日から平成28年度の幕開けですが、幕開けと同時に世界株安となっております。

今年の世界経済について占ってみたいと思います。

得卦は≪地山謙≫≪初交変≫です。この地山謙とは、大きな山が大地の下(地中に山あり)にある。と云った意味です。いわゆる、大きな山が崩れ大地と一緒になった。と云った事です。

謙とは、謙遜、謙譲、謙虚、で身を低くしてへりくだる象です。

この山とは、どうも米国であるのではないかと思います。

今まで山(米国)はその高さを誇り、やりたい放題をやり、地の低きを見下ろしてはいたが、とうとう山崩れを起こし、全て(世界)は一体となる前兆(初交変)である。と解釈できます。

ここでひとつ過去未来を映し出している、霊界での動きはどの様になっているのか、霊界で起こることは、現実界でも起こるとされておりますが。かの大本教の出口王仁三郎は第二次大戦の時に、出兵する信者に「御敵大勝利」すなわち(あなたと戦う敵方の勝利です)の護符を自らの筆で書いて、渡したと云われております。

王仁三郎は霊能力の優れた人であったので、すでに霊界で起きたことを読み取っていたのです。

霊界と現実界は表裏一体であり、霊界で起きたことは現実界で起きるのですがその時期までは特定できないのです。

「そのようなことは神のみぞ知る」などと言う人もいますが、実のところ、大霊(創造神)や守護霊や神社や仏閣に鎮座する神でも分からないのが本当のところです。

しかしながら、現実界で起きる、又は人々が起こす様々な要因を、注意深く観察してゆけば、ある程度の時期は特定できるのではないかと思うのです。

前置きはこれ位にして、霊界では世界経済は崩壊し、新たな金融改革が起きております。

それは金融大変革、大改革、金融リセット、金融大恐慌、金融の新たな幕開け、人類の意識改革、等々、その人それぞれの思いや、感じ方や考え方、の違いに於いて、捉え方や呼び方もそれぞれに変わっております。

一つ云えますことは、世界経済又は世界人類はいま大きな曲がり角に立っております。

これからどの様に変化してゆくのか、その時どの様な行動を取れば良いのか、を次回から書いていきたいと思います。、、、つぎは②で

昨日の4日~3月の5日までが2月相場となります。

暦の上では今月2月4日からが平成28年度となります。

早速先月のおさらいですが、≪澤雷随≫でしたが、得卦のとうり下げる展開になりました。暴落とまではいかないまでも18500であった株価は16000円まで下げ今日は16800円近辺をうろちょろしています。

さて今月の得卦は≪坎為水≫の≪五交変≫です。やはり出たか!!と云ったところです。

この≪坎為水≫は得卦が64卦ある中の四難卦の一つで水また水といった意味で、悩む、困難、困窮、貧困、病難、陥る、等と苦労艱難の中にどっぷりと浸っている状態で、一難去ってまた一難と先の見通しがつきにくいと云ったところです。

またこの卦は難問や難関が二つ以上あると観ます。

これを株式相場に当てはめますと、これといった材料はなく、大暴落はないにしても、下げ基調に陥った株価は一向に上昇気配は伺えず下値を模索する展開になる、といったところではないでしょうか。

ところで、このところの株の動きは、上げるときには900円ぐらい軽く上げる相場ですが、このような上げ方は暴落するときによく観られる現象なのです。そしてこのような株価の動きの時に、さげ出した時に買い付くのは「落下するナイフを素手で掴むようなもの」と言われるように、大変危険な投資であります。

株屋さんたちは、ただ株価を上下するだけで100万分の1秒といったとてつもない速さのスーパーコンピーターを駆使して、インサイダー取引(一般客が買う前に買って、それを少し高く一般客に売る)をしてそれで利益を確実に出しているのだから、今の株価の動きをなんだかんだと説明するほうが、第一間違っているのです。

現在の株式相場は、10年前とは明らかに株屋さん(一般の投資家の儲けなどはどうでもよい)の儲けのシステムが違ってきていることを肝に命じて株投資をしなれればならない時代と言えます。

よく守護霊がついている、又は守護霊を持てば運が良くなる。等と云った事をよく聞きますが、シルバーバーチは、守護霊の事をどのように伝えているのか。

守護霊は、受胎の時から、時にはそれ以前から、この地球上に誕生してくる魂を守護するために守護霊は付き添っているといっている。

そしてこの地球上の生活に於いて、一生の内にどの様な事が待ち受けているのかは、守護霊には分かってはいるが、そのことに関して勝手な干渉は一切許されないとしています。

例えば、病気や困難もあえて体験させています。

守護霊は自分自身の類魂(縁が深い、親和力がある)の中の一人が、全体を統括している高級神霊によって任命されるのであって、誰の守護霊になるかの選り好みは許されないとしています。

よく霊眼が開けた人が、貴方のお爺さんに当たる人が守護しています。などと言っているのをよくテレビ等で観かけますが、そのお爺さんが高級神霊から任命されていれば別なのですが、ほぼそのようなことはなく、まして霊眼で視れるような安物ではないのです。

守護霊は一人ですが、それを補佐する指導霊や背後霊といった霊人が何人(人によって数は違う)かで守護しているとしています。

そして天界の許される範囲内で、その能力の限りを尽くして守護をしていますが、守護されている本人がその自覚があり、その事実を知っていて、強く意識すればするほど、行き届いたものになりますが、全く知らないなど、ほぼ無関心でいれば、何かとやりにくいのだとしています。

そして守護霊や指導霊と感応するためには、地上界の人間が波動を上昇させることが、必須条件となります。

奇跡的救出や導きの話などの話が数多く語られてはいますが、いずれも地上界の人間の条件が整ってはじめて可能なことであるのです。

守護霊や指導霊が私達を援助する場合は、実に何本かの糸を操って、必要な条件を整え、どの様な事態でも生じさせることは出来ますが、しかしそれは霊界の条件に併せて行うことしかできないのだとしています。

神(大霊)がすべてのものを創造した事が分かるようになれば、神は実際にいるのか?などと云った、愚問は自然に消え失せてしまうと思う。

この地球はおろか大宇宙のすべて、または霊界のすべて、私達人間や、この地球上で生命あるもの、動植物や昆虫や微生物に至るすべてのものは神が創造したものであり、山に生い茂る木々のすべて海に生息するもののすべて、何一つ神が創造していないものはないのである。

しかるに全ては一体であると同時に全ては神だといえる。

私達人間も全ては一体であり「人類みな兄弟」ではないが同じ神でもある。正確に云えば神の化身であり、ただ完璧ではないということである。

では魂(人間)の目的として、究極的には完璧である大霊に近づき、最終的には大霊と同化又は吸収されるのかといえば、

それについてシルバーバーチは、私は最初も知らないが最終的に到達もしていないので、分からないが、決して大霊と同化したり、また吸収されるといったことはなく、大霊に近づけば近づくほど、その個性(自我意識)は、強化されより鮮明になりっていくのだといっている。

そして近づいては遠うのき、遠うのいては近づくといったことを、永遠に繰り返すのだと言っている。

そして神と人間の関係について

神は人類の進歩に役立つことなら、何にでも影響力を行使することができるが、人間の自由意思に干渉することは決して許されない。

人間生活において、より良いそして理に適った判断をするように指導することはできるのだとしている。

神は、人、それぞれに自由意志があるが、それをいかに行使するかは、各自の精神的視野、霊的進化の程度、成長の度合いが関わってくるが、その許される範囲内でお手伝いしているということである。

私達は一般的には正月に神社や仏閣に、人が死亡すればお寺に行くぐらいで、日頃から神社や仏閣に携わる人は意外に少ないものです。

それどころか神や仏などまったく興味も示さず、ほとんど意に介していない人たちも沢山います。

そのような人たちに神(大霊)はどの様に反応し、どのように対処しているのか。

たとえその人物が、祈ろうが祈りまいが大霊のしろしめす宇宙の大機構の中においては、誰一人として、またいかなる存在と云えども放って置かれるということは、摂理上ありえないということです。

これは誰にとっても、今、何が必要であるかは神は先刻ご存じであるのですが、それを祈りによって表現することは、祈らない人達よりも大変良いことだといっております。

しかしながら祈りが全て聞き届けられるかといえば、その時点における、その人の霊的ならびに精神的発達程度に応じて可能な限りの援助が得やすくなるのだと言います。

そして、祈る場合は、必ず言葉に出して祈ったほうがよく、その波動によって祈っている人が、何を動機に祈っているのかその意図が鮮明になるからであるといいます。この何を動機にとは、自分の利益のみを祈っているのか、他人の幸せを祈るのかを指していますが、当然のごとく他人の幸せを祈る祈りは、とうりやすく、自己の利益のみを祈る祈りは、とうりにくいと云ったことは容易にご理解出来ることだといえます。

人々の頼みごとを、全部そのとうりに叶えてあげれば、とんでもない事態になることは、容易に理解出来ることでもあります。

また、神の存在を信じている人と、信じない人の援助を受ける量の違いがあるのかについては、

これは神を信じるか信じないかによって決まるものではなく、その人がそれまでに到達した精神的並びに霊的進化の程度によって決まります。

すなわち、その人が援助を手にするのに値するだけのものを受け取るだけの事です。

それが原因と結果の法則であり大自然の摂理だとしています。、、、次は最終で


明けましておめでとうございます。

年明けから株価はさえない展開となりました。1/7~2/3日までが1月相場です。2月の4日の節変わりから28年度の相場が始まります。

従いまして27年度最後の月となります。

先月のおさらいですが、予想どうり、最後の最後になって暴落とまでは行かないものの4日連続下げてしまいました。

この調子でいけば、先月につけた19800円前後が2番天井となり、これからは下げる展開になるのではないかと思いますが、、、

今月の得卦は≪澤雷随≫の≪二交変≫です。

この随とは、随意、随身、随時で、従うといった意味です。何に従うか?

澤はお金であり小女であり、季節は秋です。雷は動く、長男、従うと観ます。

従いまして≪澤雷随≫の相場は、初秋から晩秋又は冬に向かってゆくような相場が予想されます。常に下押す場面が多くなり≪二交変≫で先行き崩れてゆく相場と読むことが出来ます。

ところで米国のFRBが景気が復調気配にあるとのことで、金利を上げる政策にでましたが、現在は円安になるどころか円高になっております。

車の生産が好調で5%の伸びである発表でしたが、車が5%の伸びであるならば、実質経済は3倍の15%の伸びでなければならないのですが、それが見られておりません。

それどころか、世界的に物流が悪くなり、船の輸送賃金が暴落しているのに、金融屋さんである米国が、車の販売が好調などと発表しても、誰もオオカミ少年の言葉には反応しなくなっているのが現実といえます。

米国よりも今は中国の動向が日本や世界の株価に影響をあたえております。2.3年前までは考えられないことでもあります。

いま世界中で金融制度の変革が始まろうとしています。新しく物事を始めるとするならば、今まであるものを一度壊すのが早道なのです。さて今後どのようになるのか、、、株は慎重に、、


「宇宙法則」や「自然法則」あるいは私達の身近な「運命法則」などを注意深く見ることにより、シルバーバーチのいう大霊がいかなるものかが幾らかは理解できるようになります。

全てのものは、様々な法則或いは、規則正しい法則によって規制され、千変万化の現象の隅々に至るまで配列が行き届いています。

それは極微の世界から、荘厳を極め極大の世界に至るまで、このすべてが大自然の法則によってコントロールされています。

季節は一つ一つ順を追って巡り、地球は地軸に乗って回転し、海の干満は規則正しく行われ、また海にボートを浮かべれば、その上げ下げは、あたかも人の呼吸と同じように繰り返し、地上に種をまけば芽が出ます、この芽を出すのは、内部にある本性が出て来るからです。

人の運命も偶然は存在せず「因果の法則」により、あたかも機械で量られたように、一分の狂いも許されることなく刻んでゆきます。

大宇宙の仕組みと、それを統御している、大霊とは唯一完全であり全知全能の神をさします。

これ等のことを、よく理解することが神を知ることであり、すなわち大霊を理解することだといえます。

そして私達の人がお祭りしている、伊勢や宇佐神宮の神社や仏閣が、これほどまでに多く存在しているのかといえば、それには色々な意味が含まれています。

神社や仏閣を建立することにより、直接私達の眼で認識することができ、私達の神に対する創造が容易に出来るようになる、などの利点が生まれてきます。

日本の天津祝詞のように、天津神「宇宙での働きの神々、そして国津神「この地上での働きの神々」など八百万の神との口上がありますように、様々な働きや形態をもって、

この宇宙あるいは地球、或いは私達に大いに影響をあたえておりますのが、神や仏といったことです。、、つぎは④で

シルバーバーチが神と言う時には、前回ご紹介の伊勢や宇佐神宮等のように、人間がお祭りしている、神をさすのではなく大霊をさします。

大霊とは、一般的に言われている「創造神」や「始まりの神」または「素神」のことで、いわゆるこの大宇宙を創造した神を指します。

科学者が云うところの「ビックバン」イコール大霊であるのか良く分かりませんが、当たらずとも遠からずではないかと思います(人間が、限りある知恵の中から、物質的な感覚で大霊又は宇宙の全てを理解しようとすることは、アリが人間のことを理解しようとするようなもので、否当然それ以上のことであると、シルバーバーチは述べている)

この物質界であっても、宇宙であろうと又霊界であろうとも、これらの全てを創造した神を指しています。

この大霊が出現するのと同時に全ての法則が生まれました。「宇宙法則」「大自然の法則」等など。

この地球や人間界でいえば「原因と結果の法則いわゆるカルマの法則等など、これらの全ては数学的な正確さを以て働き、この方則の支配を受けないものは、何一つ存在しないのであり、唯一完全であるのがこの大霊(創造神)であるのです。

しかるに前出の、人が祭り上げてている神々や仏の数々、またキリストや仏陀であっても、当然のごとく不完全であり完全な神や仏ではないのです。

空海や日蓮は大霊覚者であったと云われておりますが、その日蓮は大霊のことを、よく理解していたのかは分かりませんが、他宗教を攻撃するときに「人間釈尊を拝むのじゃない。その釈尊の後ろに控えている「絶対的な釈尊」を拝め」と、これが教科書に書いてある「本地垂迹説」なのですが、平安仏教の時代は神仏習合思想で、その時代の解釈では、何故か、神は仏が表した権(かり)の姿で、仏から神が出現したとしている。

京都の石清水八幡は阿弥陀如来から、出現したとしていて、当時の人たちは本質的には大霊の事はあまりよく理解していないふしがあります。

ちなみに神宮とは神仏習合、すなわち寺が神社を習合している処であり、伊勢や宇佐神宮はそれにあたり、寺はお宮であり、天満宮や家康をお祭りしている日光東照宮が有名です。、、つぎは③で