ワルイコ達に楽器を持たせよう!という妄想より生まれた、あのお話


香坂先輩大好きな音無くんが主人公の、

殿音風味な直くん追っかけ日記をお送りします。



今回は第十話。


コンテストまで、あと少し。

音無くんは、香坂先輩の様子が気になっているようです。






(☆第一話第二話第三話第四話第五話

  第六話第七話第八話第九話 はこちらです。)


≪注意!≫


・殿崎先輩の口調がアレンジしてあります。

・キャラ崩壊警報発令中!

・ねつ造オンパレード。

・長文ばかりのシリーズです。

 



ご容赦いただける方のみ、スクロールをお願いしますm(u_u)m








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黄昏に浮かぶ背中 第十話





コンテストの二日前。


「香坂先輩…大丈夫かな。
 先週から思いつめた様子だったけど…」
「お前、本当に香坂が大好きなのだな」
殿崎先輩は、若干むっとした様子だ。


「…だがしかし。今週に入ってからの表情は気になるな。
 先週まではプレッシャーによる疲労だと見受けられたが。
 今はフルートの音色にさえ、物悲しさを感じる」
「…殿崎先輩だって、心配なんじゃないですか」

素直ではないが、気になっているようだ。


「月曜の昼休み、楽器のメンテナンスに来たときは、

 ふわふわした雰囲気だったんですけど…。

 夕方会った時には表情に翳りがあって、

 火曜日にはもっと陰が濃くなってましたね。何かあったのかな…」

「その香坂への情熱の一部でも、こちらに向いたらいいのだがな」

俺の観察ぶりに殿崎先輩が呆れている、そのとき。





「あっ。紅城先輩と香坂先輩!おはようございます」
校庭にて、紅城先輩と歩く香坂先輩を発見し、駆け寄る。



「ああ…。おはよう」
「…おや。おはようございます、音無くんと殿崎くん」

「おはようございます」

緊張した面持ちで、殿崎先輩も挨拶をする。




「今週は紅城先輩も朝練してるんですね!
 お二人の演奏が聞こえてくると、
 今日も頑張るぞっていう気持ちになります」



紅城先輩は怖い人だが、

こうして熱心に練習に付き合う姿には感銘を受ける。

そこには下心も潜むのかもしれないが、

香坂先輩にとって心強いのは何よりだ。



「そう言ってもらえると嬉しいです。
 このひと月半練習を重ねて、
 息も合ってきたのかもしれませんねえ、香坂くん」

にっこりと香坂先輩を見遣るが、
「はあ……」
やはり香坂先輩の表情は、どこか暗い。



「…俺、練習の準備してきます」

ふらりと歩き出そうとすると、
グラウンドで練習をしているサッカー部のボールが、
香坂先輩めがけて飛んできた。



「危ない!香坂…ッ」
香坂先輩の顔の目前で、紅城先輩がボールをはたき落とす。

すみませーんとボールを取りに来たサッカー部員に、
笑顔で応じてボールを拾おうとすると、
「……っ」と噛み締めたような声を出し、顔をしかめた。




代わりに俺がボールを投げ返したあと、
「紅城先輩…つき指でもしたんですか?」
恐る恐る尋ねる。

もし今指に怪我を負えば、
コンテストに影響するかもしれないという緊張感が、
四人の間に広がる。


「ええ。でもちょっとした打撲のようなものですから、
 心配ありませんよ。さあ、練習に行きましょうか」
そう顔を上げる紅城先輩と同時に、俺も香坂先輩のほうを見る。
いつもの香坂先輩ならここで、

すみませんと申し訳なさそうに謝る場面だが…。




「アンタ……。何やってるんだよ」

静かだが目上の人に、

しかもあの紅鬼様に対するものとは思えない口調で呟く。
泣きたいのか怒りたいのかわからない表情で、
紅城先輩を睨みつけていた。


「…どうしました?香坂くん」
不思議そうに紅城先輩が尋ねると、
いつもの香坂先輩とはかけ離れた勢いでまくし立てた。



「なんでこんな事するんだって言ってるんだよ!
 …コンテストが近いんだぞ!?
 後輩の顔なんかを守ったせいで、
 アンタの指が動かなくなったらどうするんだよ!!!」
「香坂…先輩?」

紅城先輩も殿崎先輩も、驚いた状態で見つめている。



「声が大きいですよ、香坂くん。
 僕は大丈夫だと言っているでしょう?」
紅城先輩が窘めるが、香坂先輩の勢いは止まらない。


「そうやっていつも後輩をかばって、
 自分はなんでもないような顔をして…!
 アンタの事を心配する…恋人の身にもなってみろよ!!!」
「恋、人……」

紅城先輩は驚いた様子で立ち止まっていたが、
香坂先輩に腕を掴まれ、引っ張られていく。




「待て!どこへ行くのだ!?香坂」
殿崎先輩が慌てて尋ねると、

「保健室に決まってるだろ!?
 こんな状態で、ピアノなんて弾かせられるかよッ」
鬼気迫る表情で返事をして、連れて行ってしまった。



「香坂先輩…。あんなに声張って怒るところ、初めて見た…」
呆然とする俺を尻目に「あの人、彼女がいたのか…」
とぶつぶつ呟いている。


「皆知ってますよ。しょっちゅう相川たちに惚気てるんだから」

全体練習での紅城先輩の席は、俺にとっても斜め後ろにあたる。
ウォームアップの準備中、
色白で細身の可愛い子だと言っているのを何度か耳にした。
でもその可愛い子って、たぶん……。


「細身で色白の可愛い子…か。
 俺にはどこがよいのか理解出来んがな」
「そりゃあ、そうでしょうね」


殿崎先輩は、俺に交際を申し込むような物好きだからなあ。
その後玄関で別れ、自分の教室へと向かった。






夕方。ウォームアップの時間になると、紅城先輩がやってきた。


「紅城先輩!指…大丈夫でしたか?」
朝から気がかりだった事を訊いてみる。


「ええ。軽い打撲だったようで、すっかり痛みも取れましたよ」
にっこり微笑み、手を握ったり開いたりしてみせる。

恐ろしい一面もあるが、
いざというとき香坂先輩を大事に扱う部分だけは好感を持てる。



「やっぱり応急処置って大事ですねえ。
 香坂くんのおかげですよ」

そう言って微笑みを投げかけるが、
「…今朝は生意気言って、すみません」
としかめっ面で返事をしたあと、フルートのキーの確認を始めてしまう。



(やっぱり、様子がおかしいな…)



心配なあまり、部活動終了後に第二音楽室をのぞく。
そこには夕焼けで真っ赤に染まった窓に身体を向け、
フルートを吹き続ける小さな背中があった。



(殿崎先輩の背中とは、全然違うなあ)



この前夕日の傾く方向へ歩いていく殿崎先輩の背中は、
とても大きかった。


普段の子供っぽい言動ばかりに気を取られるが、
大人の男性に近い背中…。



(こんな時に、何考えてるんだ)

気を取り直し、小さな背中に向かって歩みを進める。




「香坂先輩…。まだ、練習してるんですか」
声を掛けると、はっとしたように振り向く。


「ああ、音無…。今朝は、変な姿を見せてごめん」
俺が知っている、いつもの静かな口調だ。


「いえ。…紅城先輩は、帰ったんですか」
「あの人、バイトしてるんだ…。彼女とのデート代が欲しいって」
「バイトですか…」


受験生でありながら飄々とバイトするなんて、さすが紅鬼様だな。
だが香坂先輩が彼女がいると信じ込んでいるあたり、
まだ香坂先輩の純潔は無事なのかもしれない。



「だから彼女のためにも…、
 ああいった危険な事は謹んでもらいたくてさ。
 俺が鈍くさいのが悪いんだけどね」
「自分を責めないでくださいよ」

先輩にしてもらってばかりで、歯がゆい気持ちはよくわかる。

だが今朝の紅城先輩の行動は、

『彼女のため』を思ってのものだろう。



「最近…元気ないんじゃないですか、香坂先輩。
 殿崎先輩も、フルートの音色が悲しげだって」
「元気…か。ないように、見えるかな…」


香坂先輩はふっと軽く目を伏せながら、話を切り出した。

「あの…。この事はここだけの話にしてほしいんだけど」
「?」


少し躊躇しあと、思い切ったように口を開く。



「俺さ……。失恋、…しちゃったんだ」
「失……恋?」

先週のハンバーガーショップで会話した時は、
そんな素振りを見せていなかったから意外だった。



「初恋……だったんですか?」
先輩の恋路に首を突っ込むのは失礼かもしれないが、
物哀しげな様子の先輩を放っておけなくて訊いてしまう。


「…多分。こんなに苦しい思い、した事がないから…」
香坂先輩の顔が真っ赤に見えるのは、
夕日のせいだろうか。


「そんなに…いい人だったんですか?その人」
「うん……。優しすぎて、どうしようもない人。

 でも俺が自分の気持ちに気づく前に、

 その人恋人出来ちゃったから…。

 今さら好きだなんて、言えないよ」
言い終えてふうっと息を吐いた後、顔を上げる。



ああそうか。好きな人がいるから、
あえて紅城先輩の告白に気づかないふりをしていたんだ。
コンテストに不和を持ち込むわけにはいかないから、
気を遣ったんだろうな。香坂先輩らしい。




「…あのさ。音無は…殿崎の事、好き?」

俺の目をじっとのぞき込まれたのと、その質問の内容にどきっとする。


「好き…なんだと思います。一緒にいて楽しいから。

 …でも、なかなか素直に言えなくて」

本音をぽつりと漏らすと、

香坂先輩は真剣な眼差しで、顔を近づける。




「それなら…ちゃんと伝えたほうがいい。

 自分の想ってる相手が同じように自分を想ってくれている、

 …これって当たり前のようで当たり前じゃなくて、

 すごく幸せな事だと思う。

 音無は俺みたいに…、後悔したら駄目だ。

 二人には色々支えてもらったから…幸せになってほしい」


瞳を潤ませ、じっと見つめる香坂先輩。

その表情ですら美しいと思えたが…。



「そうか…演奏にも出ちゃってたんだ。

 やっぱり駄目だな、俺。
 明後日までには、ちゃんと気持ちを整えてくるよ」

気がつくといつもの凛とした表情に戻り、心配掛けてごめんと言った。



「俺…誰にも言いませんから。
 みんな色々言うけど…先輩らしく吹いてくださいね」

最後にそう声を掛けると、

ありがとうと優しく目を細め、練習を再開した。







「…香坂の様子はどうだった?」

「元気はなさそうだったけど、明後日までには仕上げるって」


香坂先輩が失恋した事を伏せて、殿崎先輩に返事する。
あの泣き出しそうな顔を思い出すと、胸が苦しい。

「お前まで落ち込むな、音無よ。

 まあ、あいつには紅城さんがいらっしゃるからな。大丈夫だろう」

「なんで言い切れるんですか」

「俺の勘は、外れた事がない」

「ますます、わからないんですけど」


殿崎先輩の背中に向かって、文句を投げつける。




「…おお、そうだ。音無お前、香坂の演奏観にいくか?

 付いて行ってやらん事はないぞ」

殿崎先輩…応援しに行きたいんだな。



「もちろんですよ!香坂先輩の初舞台ですから」
「本当にお前は、香坂が大好きだな」


俺が元気よく返事をすると、

すこしむっとして、口を尖らせる。本当に子供みたいだ。




(そりゃあ、香坂先輩の事は大好きだけど…)


二日後の約束を交わして別れたあと、俺は決意した。






「よし…。明後日は俺が、殿崎先輩に言う番だ」


少し緊張するが、自分の気持ちを伝えよう。

向こうが手を広げて待ってくれているのだから、

今度は俺がちゃんと言わないと。


明後日が楽しみだなあと思いながら、

遠ざかっていく殿崎先輩の背中を見送った。





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みさぴょんの追っかけ日記も、佳境へと入ってきました。



強がりな性格が災いし、

なかなか素直になれなかった音無くんも、

悲しげな先輩の姿を見て告白を決意しました。


次回は、コンテスト回です!



長文にお付き合いいただき、ありがとうございました(^^)