「 天皇さんはどうなった 」
東京中の人々の中で唯一気になった
皇室の方々が無事に那須の御用邸に
避難完了していた事を
X機関の連絡将校から聞いた
第98代総理大臣難波藤志郎は安堵した
「 わはははっそうか無事かっ
皇室さえ存在すれば日本は安心
二度でも三度でも不死鳥の如く
生き返る事が出来ると確信した彼が
先ず手始めに手掛けたのは法の整備だった
現日本国憲法はあっさり捨て去り
新日本國憲法はまだ骨子案に過ぎないが
「 かまわんっかまわんっ法務大臣っ
     どうせ憲法なんて六法の中のひとつで
     九条以外は誰も知りもせんし
     興味も持っとらん
     そんなモンより
     今必要なのは確固たる信念の下
     新しい法律作りやっ 」
とばかりに定めた労働法のひとつ
【国民皆生産者法】の主旨は
農作物の生産者を始めとし
漁業や牧畜を奨励し
目指すは食料品の100%自給自足
喫緊を要する以外の製造業は停止させ
または軍需産業に改めさせた
「 なにっ東京ぉお そんなもんは放っとけ 」
焼け野原と瓦礫の山となり果てた
元首都の復興なんて後回し
第一アソコは放射能で汚染され住めない大地
緊近の議会の主題は如何に
事実上取り引き停止した輸入に頼らずに
国民が今までの生活を取り戻せるかだ
国土交通大臣の土方建三が
怒鳴られたと感じて首を竦め
農林水産大臣の田畑穣が
ソファーから身を乗り出した
「 国民は食えさえすれば納得する
     農業が嫌なヤツは軍需産業で働かせろ
     パソコン弄って飯食ってた連中も
     金を右から左へ動かすだけで
     良ぇ暮らししてた連中にも
     此の機会に
     労働とはどういうものか
     身を以て教えてやれ
     あとは暴利を貪ってた企業は国営にし
     必要が有るもんだけ残せ
     法人税を誤魔化していた経営者は
     全財産を没収し国庫入り
     兎に角この戦時下が終るまでは接収や
     なにっ労組はどうするかぁあ
     そんな連中認める訳ないやろ
     文句ばかりで何も作り出せん者は要らん
     みんな生産者で消費者
     それ以外の職業は廃止
     働かざる者は食うべからず
     当たり前の事を当たり前に戻すだけやっ 」
難波の一語一句を余さず速記し終わった
労働大臣の速水紀子が上げた顔は
国会の速記者だった頃と違い
溌剌とした表情だった