「くじらびと」というドキュメンタリー映画を観ました。かつて日本が国際社会から叩かれた商業捕鯨とは違い、人力で鯨を捕獲して生計を成す人々の話です。舞台はインドネシア・東スラウェシ諸島のレンバタ島ラマレラ村ですが、制作スタッフは日本です。

 

一番の見どころだったのは鯨漁のシーンで、命懸けで漁をしている人々の様子は、想像以上にダイナミックでした。獲った鯨は村に持ち帰り、浜で鯨を解体して村のみんなに分配します。漁師たちの家族はもとより、村で生活する全ての人々に分け与える、まさに共同体・コミュニティーを形成していました。さらに余分なものは島のパサール(市場)へ持って行き、農業などを営む他の地域の人々が持ち寄った野菜などと鯨肉を物々交換していました。

 

また村の日常の風景も映し出されていて、敬虔なクリスチャンの漁師たちが日曜日はカトリック教会のミサに、家族みんなで出席しているところが映し出されていました。東スラウェシやアンボン諸島はその昔ポルトガルが、丁子(グローブ)など香辛料を求めて植民した影響で、カトリックが根付いたと思われます。パサールで物々交換していた他の地域の女性たちは、頭にイスラム教徒の女性がするジルバップ(スカーフ)を被っていましたので、島ではムスリムの人々と共存共栄しているのがわかりました。

 

印象に残ったのは、漁師の一人が以前はバリ島で暮らしていて、生活も今より豊かでお金も溜まったが、忙しい毎日が嫌になってこの村に戻ってきた、と話していたことです。何が幸せなのか、考えさせるひとコマでした。前述の通り村では物々交換の世界で、普段はお金が流通していないのですが、そこに心の休まるところがあるということでしょう。

 

かつて日本でもこのような鯨漁を営む村が海岸沿いのあちこちにあって、太平洋戦争が終わったばかりの食糧難の時期に、鯨が貴重なタンパク源のひとつになっていました。宇能鴻一郎の芥川受賞作品「鯨神」に鯨漁の様子が描かれています。昨今和歌山県大知町で行われている400年以上続いている鯨漁が、国際団体から避難され漁が妨害されるというニュースがありましたが、この映画は人々の生活の糧である鯨を命懸けで獲っていて、金儲けのためではないことをアピールしていることがよくわかります。

 

 

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