こんにちは👋😃
終活の駆け込み寺ブログを書いている好奇心のダボハゼ🐟です。
年末から義母の葬儀を始めとして、バタバタと過ごす事になり、気がつけば明日はお雛様🎎。
すっかりブログをご無沙汰してました。
皆さんはお変わりなくお過ごしでしょうか。
まだまだコロナはおさまらず、本当に困ったものです。
ニュースを見れば、ロシアとウクライナの紛争に加え、子供を虐待するニュースばかり。
悲しいですね。
それぞれが自分の幸せはどこからくるのかを考えて生きていけたなら、悲劇はもっと少ないのではと思っております。

さて、本日は「亡き祖母から受け継ぐもの」を書いてみます。

久しぶりに実家に帰り、母と話しながら、タンスにある祖母の着ものを整理をしました。

父方の祖母、母方の祖母、共に明治生まれで大変な時代を生き、平成に亡くなっています。
たくさんの想い出を私に残して。
祖父は、二人共早くに亡くなり、私にはおじいちゃん👴の記憶が有りません。
それでも父方の祖父は、私が生まれたのが64年の東京五輪でしたから、膝に乗せられて開会式を見ていたそうです。ばぶ~👶

祖母の話に戻ります。

母が見せてくれた縮緬の着物は、とてもキレイな薄青の上品な誂えでした。
その着物を見た父方の祖母は、着物を人に頼まれて仕立てる人でしたから、「いいお召し物ね」とほめていたそうです。

私は娘時代に、着付けを学び、その授業の中で「着物は、襟や帯を変えて三代にわたって着られます」と教えて頂きました。

今、祖母から受け継がれたその着物を前にして、祖母の生きてきた時代に思いを馳せてます。

若くして、夫を病気で亡くして、戦時下の中を6人の子供を育ててきた祖母。戦争中で薬は戦う軍人さんに優先されたから、腎臓が悪かった祖父は、悪い血液を抜き取る寫血しか治療出来ずとても辛かったようでした。

母がその後に看護婦になったのは、そんな父親の姿を見て気持ちを強くした様です。

その思いはまた、姉や私の中に受け継がれ、父の葬儀を体験したから、今、葬儀相談員をしている私がいる様に思います。
姉は還暦を過ぎた今も、看護師をしています。

親から強制されたわけではなく、突き動かされて就いたたどり着いた仕事、そんな感じです。

少し前にスピリチュアルな方に、私を守ってくれている人を教えて貰いました。
なんでも、人を大切にして、相談にのって上げたり、常に人が集まってくる人らしく。
「母方のおばあちゃん、そんな方ではなかったですか?」と聞かれました。

ドンピシャでしたね。

遊びに行くと、玄関先でお茶飲んだり、漬物を食べたりして、いつも誰かしらと楽しそうにおしゃべりをしてました。

祖母は、米処の新潟生まれ。美味しいもち米で作ったじゃんぼおはぎやチマキが本当に美味しくて、子供の頃はスキーやソリで遊んだ後に食べましたね。同じように作っても、何かが違う。祖母の味は出せないんです。

祖母のかたみの縮緬は、着物を貰うだけでなく、祖母の生き方や言葉や想いのすべてを引き継いだ様なズシリと重い1枚になりました。

明治に生きた女性たち。
今より過酷な生活環境は、モノの大切さに工夫を加え、幸せに生きたいという当たり前の夢をつかむため、日々を過ごしていたのかなと思います。

私の近くで見守っていてくれたならば、見られても恥ずかしくない生き方をしたいものですね。辛い事や悲しい事があると、眠っているご先祖様に手を合わせ何か答えを待つ自分がいます。

答えなんて返ってこない、当たり前なのですが、それが答えと考える。自分の行いがあって、現象が起きている。だから、ゆっくり振り返って考えなさい。どんな答えをあなたが出してもそばで見てるからねって。
なんて、自分に都合良く考えて、自分を励ましてます。

断捨離はとても気分がさっぱりしますね。
でも、モノにはすべて思いが詰まっている。
捨てる前に今一度考える、手にしているモノが辿ってきた歴史。

よく歴史に興味が湧いたら年をとった証拠と言われますが、年を取るのも最近いいものだなぁと素直に思う様になりました。
やっぱり私は、まだまだ好奇心いっぱいのダボハゼ🐟です。