初めまして。karkunです。

16才の時に原因不明の重度の貧血になり高校生活は原因不明のまま鉄剤の処方を繰り返していました。
卒業後、就職先の検診で肺に影が見つかり再検査を実施。
貧血との関連も含めてあらゆる検査を行った結果。「特発性肺ヘモジデローシス」という病気であると診断されました。
 
まだ20歳という事もあり、当時はあまり病気と真剣に向き合っていませんでした。
担当医に不信感を抱く出来事もあり、通院を自己中断しました。
 
24歳頃から職場環境、不安定な生活習慣の影響からか、喘息が出始め通院を再開しました。
喘息が出た事で病気の進行スピードが上がってしまいました。
 
この頃から地元の市立病院からN大学病院に通院する事になりました。
 
1日歩きっぱなしの工場勤務は私から体力も食欲も奪い、みるみる体重は減少していきました。
 
30歳の時には体重は50キロを下回り体力もかなり低下し、32歳マイコプラズマ肺炎にかかり肺ヘモジデローシスの悪化も考えられる事からステロイドパルス療法を導入し1ヶ月の入院。
 
当時の体重は46キロ。身長168cm。通常時から12キロ痩せ骨と皮しか無いような感じでした。
 
退院し、ステロイドでの治療を継続していましたが、ステロイドの副作用か、パニック障害を併発。恐怖心から生活や仕事に支障が出てしまう。
 
この頃から担当医に肺移植という選択肢を考え始めた方が良いと思うと言われていました。
 
呼吸苦に加えてパニック障害での恐怖心が重なり、体力的にも精神的にも限界を感じ職場に休職を願い出ました。
 
職場にはそれまで病気については詳細は伝えておらず、この時始めて肺移植が必要かもしれない事実を伝えましたが、本当にありがたいことに職場は期限を定めず体調が良くなるまでの休職を認めてくれました。
 
休職に入るも体調は悪く、肺気胸も併発し担当医から真剣に肺移植を考えた方が良いと言う話になり、K大学病院、呼吸器外科を外来受診。
 
病気が珍しい為、先が読めない、病気は確実に進行している事からドナー患者登録の為の検査入院をした。
 
この検査入院で「肺動脈性肺高血圧症」も併発している事が発覚。呼吸器障害の末期症状だと言われた。
 
2017年4月に無事ドナー患者登録は出来たが、併せて新薬を使った肺高血圧の治療も始まった。
 
6月末のある日の朝、吐き気を感じて目が覚めた、SPO2は96、脈も80だったのでリビングでソファーに腰掛けて様子を見ていると寒気と発汗を繰り返し嘔吐、救急車を呼んだ。
 
救急車が到着しバイタルチェックをすると脈が30!市立病院に到着し心電図等を取り付けると房室ブロックを起こしており、直ぐに外付けのペースメーカーを取り付ける事に、一時脈が10まで落ちるも迅速な処置により脈を取り戻した。
 
数日後、N大学病院に救急車で転院しペースメーカーの埋込手術を受けた。
 
完全房室ブロックは肺高血圧との関連は考えられないらしく、まったくの想定外の出来事でした。それでも命を落とさず乗り切れた事に感謝、感謝でした。
 
その後、体調は比較的安定し月一回の通院で管理。
 
ドナー患者登録から1年が経ち、K大学病院で検診。
移植手術まで平均2〜3年の待機期間だからあと1年は待たなきゃいけないかなーという話をしました。
 
その1ヶ月後の5月某日、K大学病院から連絡が入りました。まさかの適合するドナーが見つかったと!
 
突然連絡が来るのはわかってはいたし、心の準備はしているつもりだったけど色々な葛藤があり手術を受けるか否かを即答出来なかった。
 
家族と話し、K大学病院との3回目のやりとりで手術を受ける決断をしました。
 
片道3時間。K大学病院に向かい、翌日手術を受けられる事が決定しました。
 
以上が16歳の発症から34歳までの大まかな流れです。
 
移植手術からその後の経過などを記して行きたいと思いますニコニコ