ここで、更生保護施設に来てからの自宅の借家等の復旧などに苦心したことを説明しておきます。2012年8月8日に仮出所を果たし、地元の更生保護施設に入所しました。




 そして、翌日に早速、自宅である借家を見に行くことにしました。いても経ってもいられないのです。どんな悲惨な状況になっているのか心配で心配でなりません。(約3年6カ月前夕食時に逮捕され、そのまんま出て来たので!)と言っても、徒歩とバスと電車を乗り継ぎ行かねばなりません。時間もかかり、交通費もバカになりません。




 自宅に着くと、外側は特に変わった様子はありません。また、3年6カ月も放置してある車もライトに緑の苔がへばり付いていたものの、そんなに痛んでる様子はありませんでした。それから、恐る恐る自宅へ入ってみました。やはり異臭がします。冷蔵庫は真っ黒でした。居間はそんなに汚れて無かったものの、引きっぱなしの布団の上には、ほこりや虫の死骸が。(冷蔵庫だけは、後に業者に処分させます。)




 そして、隣に住む大家に菓子折りを持って挨拶に行きました。(この大家は、堀の中から、11回も手紙を出したものの、1度の返事もくれなかった近所でも有名な変わり者のアホです。)大家に溢れる郵便物の保管を願いをしてあったのですが、箱にこそ入っていたものの雨に濡れてグチャグチャでした。




 この日より定期的に、徒歩・バス・電車で借家に来ては、少しずつ片付けするようになります。と言っても、電気、ガス、水道は止めてあります。この暑い中、1時間も作業入れば汗が吹き出し死にそうになります。




 それと、近所9件に菓子折り持って行って、

「帰って来ました。お騒がせしましたが、半年後に戻って来ます。」

と挨拶して、筋は通したのです。




 そして、8月19日、更生保護施設にウソを付いて外泊の許可をもらい、ザ・ビーチ・ボーイズのコンサートを観に行くことが出来ました。会場は、名古屋のガイシホール。終わった後はビジネスホテルに一泊しました。これを目標に、早く出ようとがんばって来た甲斐がありました。




 その後、色んな手続きに奔走します。主なのを列記すると。




・健康保険証発行

・運転免許証再交付(堀の中で切れて3年経過する人は、堀の中で筆記試験が出来るが、それ未満の人は手数料払っての再交付)

・祖母のいた特別養護老人ホームでの生計同一の証明書取得

・市民病院での診断書(母)

・メガネ修理

・通院していた心療内科の受診

・自立支援医療手続き(当時は保健所)

・母と祖母の未支給年金請求

・母の銀行口座相続手続き

・自分のクレジットカード期限切れ再発行

・母の遺骨をお寺に取りに行き、自分で納骨

・再度、自分の国民年金・健康保険の減免手続き

・滞納市民税納付

・母の遺影・位牌作成

・母の借金清算




などです。これらを少しずつ行ないました。気が狂わんばかりの煩雑さがありました。また、この地元で仕事をするにあたり、車がなくては通えないので車の整備もしました。とりあえず、車屋さんと一緒に自宅へ行き、バッテリーを交換し動くようにし、車検に出しました。中は色んな劣化が進んでおり、エアコンもダメでした。




 更生保護施設にいる人達は、ハローワークとかで自分で仕事を探そうとせず、手っ取り早く施設斡旋の仕事場へ通います。(この施設では3つありまして、ヤクザ経営の土方と、ビルクリーニング、いかさま派遣会社です。当然保険もなく、永長く勤めれるような会社はありません。日雇いレベル。)




 私の場合は最初の2カ月は、自分と母と祖母の手続きをすると決めていたので、しばらくは働くつもりはありませんでした。施設内にいる人の中には、何で働かんと言うアホもいましたが、相手にしませんでした。




 その後、手続きが一段落した後、ハローワークや会社の面接とか行くようになります。そして、1015日よりウォーミングアップの為に、資材置き場で2週間アルバイトをしたのです。そしてこの時に、通勤を理由に自家用車の持込許可を取り、車での通勤が可能になりました。(ちなみに、施設では自家用車運転が禁止です。自家用車を持ち込んでいるのは2名のみで、絶対に他の者を乗せない旨の誓約書を書かされました。)




 その後はしばらく期間を置いて、12月より派遣会社に入り勤務します。(この派遣会社で1年6カ月勤めることになりますが、やがて不当解雇され、派遣元企業と派遣先企業を訴えて裁判するも全面敗訴することになります。)




 年が明け、2013年2月に入ると、借家の電気・ガス・水道を復旧し、近所の電気屋さんで、地デジテレビ、洗濯機、冷蔵庫、エアコンをまとめて入れ替えました。かなり痛い出費でしたが仕方ありません。(ちなみに逮捕された時はブラウン管テレビであり、収監中に地デジの時代になったのです。)




 そして、2013年2月10日に借家に戻ることが出来ました。刑期の終了です。やはり、家はいいなあとようやく実感したのでした。




 私は刑務所にいる時に、自動車税の納付、年金免除、携帯電話の維持手続きをやっていました。また、若干の貯金がありましたので家電も買うことが出来ました。まだ、良かった方かも知れません。




続く~