2010年7月13日、早朝5時に叩き起こされた私は、食事をし、その後、拘置所長より、受刑先を伝えられました。




「島根あさひ社会復帰促進センター」




えっ!島根!遠い!ビックリして声も出ませんでした。三重か福井に行くとばかり思っていたので想定外でした。




 ここは、日本で一番新しい(200810月開所)刑務所であり、日本に四つある官民協働刑務所(PFI)の中でも最大の施設なのです。(2000名収容男子のみ)国と民間とが経営する仕組みです。他には、美祢、播磨、喜連川、にあり、美祢は、半分が女性収容になっています。2007年に開所されました。




 例えば、通常の刑務所ですと、巡回は刑務官の仕事です。ここでは、民間警備会社のALSOKが行っておりました。




 では、官民協働刑務所はなぜできたのか?話しますと、簡単に言うと、全国の刑務所の収容者数が過剰になった為です。また、初犯の中でも限りなく更生復帰に近いスーパーA級と呼ばれ、基本60歳未満でないと入れないことになっており、再犯防止教育に力を入れるとの触れ込みでした。




 そして、名古屋拘置所よりの移送の話しになります。島根に当日行く受刑者は、私を含め二名です。手錠をはめられ、腰紐を付けられ、職員2名の引率により行われました。移動は車でなく、新幹線とバスです。




 名古屋駅より、新幹線で広島へ、名古屋駅では人通りが多いこともあるし、手錠の上にネックウォーマーみたいな物が掛かっていて隠れているものの、二人連結で繋がれているし、絶えず一般客の視線を浴びました。屈辱感がハンパないです。




 また、トイレに行く時も、手錠を片側外すだけですし、連結されているから二名で行く形なんです。




 広島駅からは、高速バスで1時間以上かけての移送です。




 結局、約半日かけたこの移送中、お茶一杯飲ませてもらえず、喉が渇いたことを今でも忘れません。




 12時過ぎ、ようやく、島根の山の中の要塞みたいな建物に到着しました。到着してすぐに昼食となりましたが、殆ど喉を通りませんでした。




 なお、この時、同時に移送されたG君とは、ここのセンターでは別の工場(島根あさひ社会復帰促進センターでは、ユニットと呼ぶ)に配属されたものの、出所後の地元の更生保護施設で再会を果たすことになるのです。後の話しになりますが、G君は、この更生保護施設在所中にキャバクラで飲酒したことが発覚し、すぐに刑務所に戻ることになるのです。




 ここは、全て独居の半開放の舎房になっています。通常の刑務所は21時就寝ですが、PFI刑務所は22時が就寝です。部屋は、オートロックで、21時までは多目的ホールにて、雑談、読書、勉強、新聞閲覧、キヨスク(コンピュターで領地金より物品の注文を入力する)をすることが出来、放送が入ったら部屋に戻り、自動で鍵がかかる仕組みです。




 そして、最も大きな違いは、電子タグのICチップを各受刑者が身に付けていることです。警備室で位置情報を把握しており、万が一の脱走などに対処したものです。このタグは、かなり重さがあり、専用の磁石が無いと取り外せません。よって、毎日の着替え時に、刑務官より専用の磁石を渡され付け替えるのです。(たまに、故障すると交換します。)脱走とかよりも、受刑者の移動時の付添い警備を減らしたり、夜中の刑務官の巡回を減らすメリットがあります。ゆえに、夜中の刑務官の巡回はなく、民間の警備会社の職員が巡回しています。




 1日の大まかな流れは、平日ですと、6時40分起床、華やかな音楽が鳴りますので、毎日イラっとします。その後、洗面、布団をたたみ、イスに座り点検となります。(島根はベッドで、布団類の位置、向き、重ね方が細かく決まっており、間違えると刑務官に怒鳴られます。)時間より早く起きても、布団はたためません。点検と言っても、警備会社の職員が素通りするだけです。普通の刑務所ですと、刑務官が

「点検」

とデカい声で言います。




 その後、扉が自動に解錠し、ホールへ集合、朝食となります。座る場所が決まっていますので、その順番で食事を取りに行き、戻す時もその順番です。号令は、毎月交代で、「姿勢を正して下さい。頂きます。」とします。この間は滅多に刑務官も来ないですし、警備会社職員も来ません。しかし、モニターで監視されております。




 食事は民間業者が作っており、全自動ロボットに乗って置場にやって来ます。この時、音楽が流れています。また、温度管理もされており、知らない方から見れば、囚人の癖に、贅沢にと思われるかも知れません。




 実際は、20分程度取られている食事時間ですが、実質は6分~7分位で終わらないとイジメの対象となります。これは、作業前の貯金時間に、歯を磨いたり、トイレをゆっくりしたい人がいる為です。もう一つは、歯のない人が多く、消化不良とかそんなことも考える頭がなく、ただ早く丸呑みすれば良いと考えている為です。一番遅くなった人は睨まれます。私は食べるのが遅い方でしたが、一番最後の人の様子を見ていて、切り上げてました。ゆえに、完食したことはありません。6割程度しか食べれていません。




 もう一つ困ったことがありました。それは、牛乳やプリンなどのゴミを別途袋に入れて捨てるのですが、袋は食事開始時よりすぐに廻って来る為、デザート類を先に食べなければならなかったことです。アホとしか言いようがありません。食べることが唯一の楽しみとも言える刑務所で食でずーっと苦労しました。




 朝食後部屋に戻り、洗濯物をネットに入れて、指定日にホールにあるカゴにいれます。そして、担当の刑務官(以後、Mのおやじと言います)がやって来ます。この方酒好きで、毎日酒臭い登場です。




 刑務官の呼び方について書いておきます。拘置所でも、刑務所でも基本的には同じだと思いますが、『先生』とか『おやじ』とか呼びます。




 そして、作業場所への移動の為、ホールに集合です。Mのおやじは、

「整列!番号!」

と気合い入れて叫びます。我々、受刑者も並んで番号を唱えます。通し場所で、

「イチ、ニイ、サン、・・・」

と続きますが、人員が変わると番号もズレますので、毎回同じとも限りません。そうすると、Mのおやじは、

「番号!もとい!」とやり直させるのです。また、番号の言い方も独特で慣れなければなりません。4は、ヨンでなく、シ。7は、ナナでなく、シチ。分かっていてもちょくちょく間違えるものです。




 その後ロッカーへ移動し、作業服への着替えです。タグの付け替えもあるし、何よりも狭いので大変です。ハンガーに掛ける居室着の向きにも注意です。その時、検身(ボディチェック)を受け、警備会社職員による、金属探知機による検身もあります。




 一般の刑務所のように、全裸になっての検身はありませんでした。(通称カンカン踊り)




 その後、作業場所へ移動ですが、監獄方改正後、軍隊の行進みたいにはしませんし、号令もかけません。そして、作業場に着いたら、

「整列!番号!作業始め!」

「集合!番号!休憩!」

「集合!番号!作業始め!」

「集合!番号!」

この繰り返しです。点検ばかり、うんざりします。昼になると、作業場よりユニットの建物に戻ります。




 午後も、また同じように移動して、

「集合!番号!作業始め!」

「集合!番号!休憩!」

「集合!番号!作業始め!」

「集合!番号!作業ヤメ!」

と繰り返しになります。次は再度ユニットへ戻り運動の時間となります。




 今度は、運動着に着替え、もちろん、磁石でタグを外し付け替え運動場へ移動(雨の日は体育館か、ホール)しての運動時間です。約1時間で出来ることは、おしゃべり、キャッチボール、バトミントン、ランニング等です。グローブやボールやバットもあります。みんな結構この時間が好きでしたが、私は砂だらけになったりするのがイヤで嫌いでした。




 また、この運動の時間には、お茶のコップ等道具を交代制で持って行くのですが、かなり大変な作業でした。時には落としたりしたこともあります。




 その後、ユニットへ戻り舎房着に着替え、夕食となります。入浴のある日は、入浴、ユニットミーティングのある時は、ユニットミーティング、ここまで終わったら、後は自由です。テレビ(島根は全て録画で2チャンネルしか選択出来ない)を見るか、ホールへ出て来て過ごすかとなります。21時には、部屋へ戻り、22時になると就寝です。




 ホールで出来ることは、おしゃべり、キヨスク端末での日用品注文、備付けの官本を読むことなどです。




 入浴の細かい内容は、作業内容に関連するので後で述べます。




続く〜