小さい頃は、昔の人間の上おじいちゃんの他住み込みの人もいて、
希望的に‘腹を満たすだけ’の物の印象しかありません

子供たちにも別料理は無く、菜っ葉や高野豆腐の煮物、良くてひとり一匹の焼き魚

家族だけで生活をするようになったのは小学校2年生の時、昭和40年代前半からです。
カレーや焼き飯は作ってくれるようになりましたが、それ止まり

稀に行く外食で食べる‘シャレた’物もせいぜいオムライス

そんな母が、マカロニグラタンを作った時は驚きました

もちろん‘グラタンの素’を使っての物ですが、なにしろ惣菜屋でマカロニサラダは見た事はあるけど食べた事は無い

ホワイトソースなんて存在もオイラは知らないし母も知らない
はずです
5年か6年生の、忘れもしない土曜日の昼、
学校から帰ると『使ってみた
食べてみて
』テーブルの上には説明を読みながら作ったのでしょう。素の箱が裏向きで置いたままでした。
こんなシャレた物を作るとは思わなかっただけに衝撃でした

考えてみると当時まだ30代前半の母。
子供たちにシャレた
物も作りたかったんでしょうね、きっと
生活に追われて‘子供のために’なんてしたくてもできなかったんやろな
と思えるようになったのはずっと後のことなんですが…