昔、タマに行く銭湯で、
『こんなモン背負わすためにオシメ替えたん違うで

分かってるやろな
(他の人に)迷惑かけたら二度とウチには入れへんで
』と、入れ墨の兄ちゃんに言う番台のおばちゃんがいました。この銭湯では、少なくとも兄ちゃんも‘普通の人’でした

低所得の人の多い地域で、入れ墨も見慣れていましたがやはり怖く感じます

でも町内では常に‘人の目’があり‘大人の目’が子供たちが道を踏み外すのを防ぐ一足の抑制になっていたと思っています。
‘入れ墨を入れてしまった兄ちゃん’にしても、ある‘一線は越えない’と思いたい

昨日の日本テレビの有吉の番組のヒロミのリフォームで‘こども食堂のおばちゃん’を見ました

このおばちゃんの世話になった子供たちは真っ直ぐに育つと思います
が、もし、どこかで道を踏み外すそうになった時も‘おばちゃん’の気持ちをおもいだしてとどまるに違いない

と思うと同時に、
‘親の意見はきかなくても他人の意見はきく’し、
逆に親が一番子どもを思っている事を知って欲しいし、
何より大人たちが全ての子供たちに同じように接していけると良いのになあ
