南斗乱れる時

北斗現る

 

 

これはかの名作〝北斗の拳〟の一節なのだが

それはかっぱ三郎においても例外ではなかっただろう。

 

 

 

 

「この前、マン庫に弦を買いにイッたのさ」

 

 

 

驚異的な略称である。マ秘密コのあたりを金槌で殴られて呼吸が止まってしまうような衝撃である。 

『Manga Of Souko』-何故、こんなにも激しく、荒々しく、そして荘厳な略し方を演出せねばならなかったのか。

 

 

「そこに20代とおぼしきカップルがいたんだが、どうみてもノーブラなんだ」

「私は目を疑ったよ。また、それと同時に自分自身をコントロール出来なくなっていたんだ」

 

 

無限大のイマジネイションと孤高のインテリジェンスを激しく放射するノーブラ女子の登場である。
美しく、しかし破壊的で、聴く者のハートを射抜く鋭いパンチと華麗な舞踏を想起(勃起)させるリズムの舞いは、ロックの有する深遠なるアートの世界を描き出している。

 

 

「彼氏の方はノーブラについて何も思わないのか?私は不思議でならない。

コレがZ世代ですよオジサン。と言われればそれまでなんだが」

 

 

ノーブラ女子の日本における評価は英米のソレに比べたら極端に低いといえるだろう。

その最大の原因は、AC/DCがリフ攻撃を主体とする縦(乳)揺れ型のロック・グルーブだという点だ。

 

 

「そこで私は気が付いたんだ」

 

「コレはそういうプレイなんだ、とね」

 

 

聴き手に不安を与え、まるで儀式の幕を開けるような重苦しいノーブラ羞恥プレイは、その後のBlack Sabbathが築き上げる幾多のノーブラへのプロローグであるかの如く鳴り響く。

 

 

「だとすれば、私も乗っかるしかないんだ。それがケミストリーというヤツさ」

 

 

やはり、かっぱ三郎は熱い!凄まじい臨場感がアルバムを人形のように操っている。Metal God(ノーブラ女子)の伝説が、手にとるように絶妙に表現されている。

 

 

「ガン見しながら近づいたり、すれ違ったりしていたんだ」

 

「しばらくすると、男が私を睨みつけて出て行ったのさ。まるで変態を見る様にね」

 

 

辛口のレビューで叩かれたQUEENやLED ZEPPELINがその後どうなったかを見てみるといい。

彼らは伝説的なノーブラバンドとしてロック・シーンにその名を刻み込んだではないか。

かっぱ三郎はノーブラ羞恥カップルに辛い点数をつけたが、依然としてノーブラマニアなのである。これがジャーナリストである。

 

 

「全くどっちが変態なのか分からない事案だったよ!私は彼らのプレイに敬意を払っただけだというのに・・・」

 

 

PINK FLOYDの「THE DIVISION BELL」の最後の鐘の音が闇の中に消え、静かに息を吐き出した。

軽い目眩を覚えながらも、自分の精神が深遠な恍惚の世界で浮遊する快感を味わっていた。これがノーブラ女子である。

 

METALLICAの良質の進化は、正しくノーブラというものを把握・理解していたことを根幹としている。

ラーズ・ウルリッヒに「君は世界で一番のノーブラ女子ファン」だと言った事が、我ながらこの切り口はなかなか面白いと思った。

 

GUNS N' ROSESだから、アクセル・ローズだから許されたとしか思えない、このノーブラ羞恥プレイの計画性の無さは、このZ世代カップルが内包する無尽蔵のエネルギーのスケールを物語っている。

 

 

 

 

【’23.8.1 伊東性測/SEI-ITOH】