涙がしばしば中途半端に出て来て、鼻水ずるずるしてさ。
私は、保母してたんだけど。
プロになるのは厳しいと、痛感する毎日で。
こうすれば、ああすれば、この考え方ならどうか、ああすればどうか、とか。
自分自身が追いつかず。
目の前にいる子どもたちを見ながら、集団においてかれてる、ついていけない子ども達のケア?フォロー?に明け暮れて。(主担任じゃなくて、副担任だったし、それが仕事だったけど、それも…)でも、他の保母さんには感じることをうまく伝えられず、相談にもならず。子どもの不安やしんどさは感じてもどうすればいいか分からず。
他の先生方と、議論して、やり方を考えてる人達が羨ましく、でも、言葉に出すと、うまく伝えられないばかりか、初歩的な感じのやりとりでしかなく、呆れられてるような、そんな感じだった。
子どもたちには好かれていたかも知れないけど、お母様方にも子どもがかぱえる先生優しいし好き言ってますよ

ゆってもらってましたが、自信につながるどころか、役に立ててない気分がしてしまい、その場でどうしていいかわからなくなるような、そんな自分だった。
外から見たら頼りなかったんじゃないか? がんばらせるところを甘えてしなくていいふうにつたえてるんじゃないか、しんどい子どもの気持ちに寄り添えてないんじゃないか。
何を思っても自信もなければ、矛盾するかのような想いの狭間で、何をどうしたらいいのか?何をどうはなせば相談が出来るのかも解らず、不安の中で、ただ、毎日を必死にしていた。
熱意だけはあっただろうけど、焦る、不安定、技術も足りず、それすら、不安定。
取り繕った笑顔は、すぐ、不安で化けの皮が剥がれていく、そんな自分を感じながらの、いや、それを感じないように、見ない振りしてがんばってる自分が、不安な自分をどんどん追い詰めていくような毎日。
今振り返ると、そう思う。
ナースあおい、あんなに信念があって、頑張れるのは、羨ましくて、仲間と絆を結んでいくのも、変な目で見られるのもそれに、めげないわけではなくて、それでも支えられて向かっていく。
私は、保母にいや、今は保育士、に、戻ることはないと、思える今の自分です。
自分が見えてないと?子育ては尚難しくなるんだと、本当にそう思う。
それでも、何かを信じて、動いてる自分を、よくわからないけど、突き動かされる自分は居てるんだな。