これだけ野党や与党,国民の大多数から批判されて,居座り続けた総理はこれまで存在しなかった。
アッケラカンとしているわけでもなかろうが,彼が総理のいすに座り続けられるのは,彼が今の日本にふさわしい総理だからである。
お粗末な指導者(支配者)はお粗末な大衆の存在を前提にしている。お粗末な指導者は語られるほどお粗末なわけではなく,お粗末な大衆に見合った指導者が生まれただけのことである。このことは前にも書いた。
菅首相の右往左往ぶりは,地震と津波と原発事故が生み出した状況をどのように克服していくかに関して,国民のだれもが策を持たず,右往左往していることを反映しているにすぎない。
政治家は駄目だが,民間の経営者はまだまともだ,などということがたわごとであるのは,九電のやらせメールで明らかである。
あんなことを文書にしてメールで流せば,ばれることくらい予想がつかなかったのか? ばれたらその結果どういうことになるのかぐらいのことを予想できない程度の想像力しか持てないで,企業の経営をやっていたのか。なんともお粗末なことである。
これも先に書いたが,原発事故の後,宇宙服みたいな防護服や調査ロボットの登場を期待したが,日本にはそんなものはなかった。ずいぶんたって登場したのは,アメリカの軍事ロボットと防護服だった。放射性物質の除去装置をフランスから運ばなければならないなどと,専門家を除けば,日本人のだれが予想していただろうか。それも,接続ホースが破れてしばしば中断するとか,接続弁を逆に付けてたなど,技術大国日本にあるなどと誰が想像しただろうか。
規則正しく,時間を守り,正確な仕事をやる手先の器用な日本人,そんな人たちは「絶滅危惧種」である。
また,原発で働いている人は,下請,孫請け,ひ孫請け,その他であり,事故以来現場で働いた人で,連絡の取れない人が100数十名もいるのである。
独占企業の奢りと言ってしまえばそれまでであるが,その程度の経営管理能力しかない経営者たちが,一人前に政治の批判などおこがましいだろう。
「科学的に予想できないほどの津波だったから仕方がなかった」と公言できる「科学者」や評論家。現に起こったことを予測できなかったとすれば,それは科学あるいは科学者の敗北であって,ごめんなさいと言うべきであって,「仕方がなかった」などと,お粗末な科学の上に胡坐をかくべきではなかろう。
何よりもお粗末なのは,マスコミに乗せられて,菅批判を口にして悦にいってる一般国民である。間接的にしろ,彼をいったいだれが選んだのか? 政党や国会議員もそうだが,菅と刺し違える覚悟もないくせに菅批判を口にする。
この期に及んで,菅の批判をすれば何かを言ったことになると思っている,政治家,評論家,一般大衆のお粗末さは,この国は滅ぶに値することの表れ以外のものではない。
救いは,「原発暴発阻止行動隊」や,国や行政の援助をあてにせず,自分の仕事を再建しようとしている被災地の人々の存在である。