きょうは一日をチラシ作りに費やしました。
そして、やはり中学生の感想文を掲載しようと思いました。
寄せてくれた10代の心に、ぼくだけが触れることに、
申し訳がない・・・そんな思いに駆られたからです。
「母」という作品を観て、
自分の母に思いを馳せ、
「母がいて、わたしがここにある・・・」
そのように思った学生が殆どだったと思うが、
「お母さんのいない子どももいましたが・・・」
今更ながら、その母に感謝したいといっていました。
先生が、ある生徒の後姿に目をやりながら教えてくれた一言に、
胸を詰まらせたのを覚えています。
やはり3年生の女性との感想文です。
「母」をみて、私は半分感動して、半分寂しくなりました。
初めの半分は、母、セキそのものに感動し、残る半分は、
セキはこれでよかったのだろうかと疑問に思い、
その疑問が寂しさに変わりました。
セキの生き方はとても真似の出来るものではないと思いました。
パンを盗まれたら、普通怒って犯人を捕まえたりするのに、
よほどお腹を空かしていた人かもしれないと言って、
子どもをしつけました。
そんなセキの優しさが多喜二にも伝わり、
多喜二も人のために働くようになりました。
そんな多喜二が殺されたとき、
正直者が損をしたような気持ちになり、とても悔しかったです。
セキには、そのように育てたことに
何の迷いも悔いもなかったのだろうかと思って、少し寂しくなりました。
今回、この舞台から学んだことは、
優しさは人に伝わっていくものだということです。
人に優しくされた人は、
人にも優しくすることができるのだと思います。
逆に、優しくされたことのない人は、
人にもやさしく出来ないと思います。
私は今後、優しさの輪が広がることを願って、
これまで優しくされた分、人に優しくしていきたいと思っています。