1.挨拶もままならない・・・
「壁の声」という作品の読み合せをした。
主人公の多賀谷誠は死刑囚である。
彼と弁護士の関越との対話が中心の作品だ。
多賀谷のセリフは、
本人がその場でいうものと、
心の中で語ることばとで構成されているので、
作品の半分を占めているかもしれない。
その役に、仮だが、
昨年の春に劇団に来たSくんをつけた。
Sくんは、
昨年春頃、
「劇団に入りたいのですが」
と電話をくれた若者だ。
この一言だけだった。
劇団に入って俳優になりたいの?
では、一度会えますか?
にも、たった一言づつ・・・
「はい」
「では、いついつ、何時に、何処何処に
履歴書を持って来てくれますか?」
「はい」
「では、詳しい話はその時に」
「はい」
劇団の集まりで
この話をすると、
「不適合者ですよ」
「ただただ面倒をみさせられて
いつかまた逃げられる・・・
たまりませんよ」
「止めた方が・・・」
・・・等々の意見続出。
「いつか」というのは、
これまで存在したことから来ている。
三園さんだけは、
「伊藤さんに任せる」
と言ってくれた。
会ってみた。
「こんにちは!」
「はい」
何を言っても、
「はい」
「まあ」
「・・・ですね」
前を省略して相槌だけ・・・
こんな男だったのだ。
だが、
これは面白いと思った。
一ヶ月後に近付いていた作品、
「赤坂6丁目カフェ」で、
ぼくがやろうとしている
序詞役にしよう・・・
序詞役とは、
幕が開いて最初に登場して
上演する作品出だしのきっかけを創り
スタートを促す役どころである。
シャークスピアの
「ロミオとジュリエット」にも登場するが、
作者の代行でもあり、
劇団の大御所の役者が勤めるという
大切な役なのである。
稽古の初日・・・
旅のいでたちで中折れ帽子を被り、
「紳士淑女諸君、これからご覧頂く・・・」
で始まるのセリフだが・・・・
<その二に続く>
実は、アプリコットさんには、
このお芝居をご覧頂いた。
あのSくんがこのブログの
主人公であります。