「10年前、姉の結婚披露宴で司会をして頂いた・・・」
と、電話が来て、
「その弟ですが、司会をお願いしたいので電話しました」
嬉しいですねェ・・・
「お姉さんを覚えていますか、と言われると困るのですが・・・」
お顔を拝見すれば思い出します、きっと・・・
とは言ったものの、
女性の顔はなかなか記憶が難しいのだ。
特にウエディング司会でお付き合いした新婦の顔は記憶に薄い。
その理由は、
当日のお化粧かもしれない。
先日も品川駅近くで、
「伊藤さん、覚えていますか?」
にこやかに声をかけてくれた女性がいた。
「あ・・・ごめんなさい、どちら様でしたか?」
「えゝと4年・・・いや5年前結婚した時に司会を・・・」
と言われても思い出せない。
「新婦さんのお顔って、婚礼当日は一層みがきをかけるので・・・」
なんて、失礼なことを言ってしまった。
でも、新郎さんの職業を聞いて・・・
「あゝ・・・思い出しましたよ。ごめんなさい」
髭を生やしたお父さんだった。
「そう、私の父です」
ここまで来て、やっと話が通じることになった。
新郎の髭を生やしていたので、
「新郎さん、髭は剃れませんねェ」
新婦さんのイメージが変わるといけないから・・・
などという冗談を言ったことまで思い出した。
そんな話を15分もしたろうか・・・
「彼、交通事故で亡くなったんです」
ポロリと言った彼女の目に涙が浮かんだ。
「・・・・何ということを・・・」
咄嗟に出た言葉だった。
「ごめんなさい」
彼女の方が謝ってきた。
「わたしが妊娠した後だった」
・・・と言った。
それを知った彼は大喜びだったそうだ。
彼に対するせめてものプレゼントだったかもしれないという。
いまは子どもも生まれて、
今日はじいちゃんばあちゃんに預けてきたのだという。
じいちゃんばあちゃんとは、亡くなった彼の父母のことだ。
彼が亡くなっても、
あなたが再婚するまで一緒に暮らそうといってくれたのだという。
偉い義理の父母だと思った。
「でも、わたしは再婚しないで、彼の家にずっといようと思う」
彼はいないけれど、彼を産み育てた父母がいるのだし、
彼との間に生まれた子どももいる・・・
これが彼女を決心させたというが、
彼が残こしてくれた愛そのものがそこにあるからとだも語った。
婚礼司会は数時間で終るが、
二人の歴史も、そこをスタートとして続いているし、
ぼくの歴史も続いている・・・
彼女と別れてから、
そんなことを思いながら、
自転車のペダルを踏んで帰宅したのだった。
今度申し込みのあった彼のお姉さんは・・・
幸せな生活を送っているに違いない・・・だろうと思う。
さもなければ、
彼だって10年も前に司会したぼくを思い出してくれることはないだろう・・・