殺人、火事…増えている。
学生時代、今の高田の馬場、当時は戸塚といっていたが、下宿をしていた。
その頃近くに大火があった。
メラメラト燃え上り、薬屋の商品が爆発しているのだろう、
ひっきりなしにポ~ン、バ~ン…と破裂する音が響いていた。
隣りの飲み屋にも燃え広がった。
僕はあまり飲まないが、昼間はラーメン定食など出していたので、
時々顔を出していた。当たり前のラーメンだが、ちりちり麺が気に入っていた。
中年の女将さんだが、夜は飲み屋をやっている雰囲気があって、
色っぽさを宿していた。
女将は燃え盛る火を反対側の舗道から見ていた。
「大変ですね」
と、声をかけると堰を切ったように嗚咽をもらして泣きすがってきた。
「しっかりして!」
それ以上のことも言えずに、力を入れて肩を抱いたのだが、
彼女の身体は痙攣に近い震え方だった。
「荷物は?」
「何も持ち出せなかった」
というなり、崩れ落ちそうな重みを支えながら、
不謹慎にも彼女の乳房のふくらみを感じていた。
風にあおられて燃え盛る火に、消防の懸命な消火活動にも、
野次馬から「もっとしっかりやれ」
などの声が飛ぶ。
「ごめんなさい。もう大丈夫です」
女将は僕の手を握り「ありがとうございました」といって、かすかな笑みを見せた。
その表情を見た途端にこみ上げてきて涙がこぼれた。
気丈に耐えている彼女になのか何なのか、理由のない涙だった。
が、それ以来、火事に出くわしたりすると涙がでてくるようになった。
住いは、そこに生活をする人たちの居場所を奪う。
これと同じように、一家が殺害された事件などをニュースで見ていると、
涙をこらえるので必死になる。
住む人を失った居場所を見るとたまらなくなるのだ。
住いの中で、命を失わなけれなければならないと感じた時、
どんな思いだったろうかを考えてしまう。
最近火事と殺人がセットになったように方々で起きている。
その度に、学生時代に出会った、
燃え落ちる店を見ながら震えていた女将を思い出し、
あの時と同じ涙が湧いて来そうになり、
とても…つらい。