大自然諷都会で育った僕は、いわゆる【ばあちゃん子】でした。



3文安いどころか、18文引き大安売りの【ばあちゃん子】少年タカシの



毎週の楽しみは、土曜夜7時の「まんが日本昔話」をばあちゃんの



足の間にもぐりこみ、一緒に見ることでした。



コタツの上には「スーパーサンエー」の大安売りのチラシを器用に折ったみかんの皮入れ。



そして



自家製の口が曲がるくらい塩カラい梅干しの入った「梅番茶」。



灰色の釉薬が小粋に垂れ下がった模様が今でも印象的な、ばあちゃん専用の湯のみ。



その横にいつもある、丸い筒のオブラートの紙箱。何種類もの薬。



湯につけてある入れ歯。



身長100センチにも満たないタカシの毎週土曜の夜7時前。



その視線には、いつもこのセットが目に入ります。



当時のテレビには、まだリモコンが搭載されておらず、「ガチャガチャ」まわすチャンネルが



全然不便とも感じなかったあの頃、きっと幸せな時間の一つがそこには流れていました。




その幸せな特等席で、タカシは色々な話をばあちゃんから聞きました。




戦争中、日本全体が食べるものがなく毎日おなかを空かせていた話。




一本の芋をめぐって、ガキ大将とタイマンを張って見事勝ち取った女学生時代の話。




家のすぐそばを流れていた「城の川」の上流でカッパと遭遇しビビッた話。




色々な話を、さも本当のことのように語ってくれました。




そんな数々の話が、まさか本当の話だったとは・・・・・・




その当時はまだ知る由もなかったのです



つづく









【ウチのばあちゃんはカッパを見た!】




そんな伝説を数多く残したばあちゃんは、もうこの世にはいません。




今から数年まえ。




恐らくギネスに載るのは間違いないであろう、数え年「200歳」を




あとたった「102年」残してこの世を去りました。




カッパは実在するのか!



は、本編には全く関係ないですが。



伝説は実在しました・・・・・・





僕はタカシ。



「僕」といってももう30を大幅に過ぎて、お肌の曲がり角を過ぎました。


僕の生まれは北陸地方の小さな町。


日本海が目の前で大雪が、どかどかどか降るサムい場所です。


夏になれば、長野県やら東京やら北京やらから、海水浴目当てに少し賑わい、


イトーヨーカドーが地元で一番の大手百貨店!


そんな大自然風都会で育ちました。


つづく