司馬遼太郎の坂の上の雲を見た。旅順口攻防戦、203高地奪取の戦いのシーンを視ていて、ふと与謝野晶子の詩を思いうかべた。
君死にたまふことなかれ
ああをとうとよ、君を泣く
君死にたまふことなかれ、
末に生まれし君なれば
親のなさけはまさりしも、
親は刃(やいば)をにぎらせて
人を殺せとをしへしや、
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや。
堺の街のあきびとの
旧家をほこるあるじにて
親の名を継ぐ君なれば、
君死にたまふことなかれ、
旅順の城はほろぶとも、
ほろびずとても、何事ぞ、
君は知らじな、あきびとの
家のおきてになかりけり。
君死にたまふことなかれ、
すめらみことは、戦ひに
おほみづからは出でまさね、
かたみに人の血を流し、
獣(けもの)の道に死ねよとは、
死ぬるを人のほまれとは、
大みこころの深ければ
もとよりいかで思(おぼ)されむ。
ああをとうとよ、戦ひに
君死にたまふことなかれ、
すぎにし秋を父ぎみに
おくれたまへる母ぎみは、
なげきの中に、いたましく
わが子を召され、家を守(も)り、
安(やす)しと聞ける大御代(おおみよ)も
母のしら髪はまさりぬる。
暖簾(のれん)のかげに伏して泣く
あえかにわかき新妻を、
君わするるや、思へるや、
十月(とつき)も添はでわかれたる
少女(おとめ)ごころを思ひみよ、
この世ひとりの君ならで
ああまた誰をたのふべき、
君死にたまふことなかれ。
旅順口包囲軍の中に在る弟を嘆きて:与謝野晶子