その4.不安や恐れと向き合う(前編)
※この記事は常に新鮮なネタを提供すべく、随時、更新されています。
前回に続きまして心理学ネタ編その4となります。青年期は自分の将来や人間関係などの「不安や恐れと向き合う」時期でもあります。それにうつ病の発症は青年期が多いとも言われますので社会科として少しは触れておきたいテーマです。
不登校の多い三部の定時制に6年間いたので、ウツ傾向にある生徒とは毎年、授業で出逢います。うつ状態の人にどう向き合うべきなのか、今はウツではない生徒でもいつか必要とされる知識だと思い、何度か授業で扱いました。また親や親戚、友人や同級生に自殺している人がいる生徒、生徒に自殺されてしまった教師は日本の場合、決して少なくありません。そこで最後に、自殺者と親しい関係にあった人達(サバイバー)の心理にも触れておきました。
・導入として:「別れ」と向き合う唄を聴いてみよう。
(少しばかり「押し活」してしまいますが悪しからず。)
◎余命宣告、末期癌患者が伝える人生で一番大切なこと。 | ライフソング #朝倉さや
MusicVideo 2022/04/03 4:18
Q.もしも余命半年とあなたが医者から宣告されたなら、残された日々をどう過ごして
いきたいか?
Q.この曲が私たちに投げかけている「末期癌患者が伝える人生で一番大切なこと」と
は一体何だろう?
Q.大切な人との別れに直面した時に、私たちはそれをどう受け止めていけば良いのだ
※以下、本動画の概要欄より引用
「癌再発転移。プロデューサーsolayaが35歳時に受けた余命宣告1年。残り少ない1秒を音楽に託すメ
ッセージ「一緒に生きてる。」最上川舟唄 Life Songから始まった、Another Story。計100万回再生
を超える、ライフソングシリーズに書き込まれた「胸を打つそれぞれの人生」「励ましの言葉」 選択
肢のなくなった抗がん剤治療、医療用麻薬、残り時間の使い方。末期がん患者が伝える、人生で一番
大切なこと。」
※朝倉さやオフィシャルホームページの「プロフィール」によると・・・
朝倉さやさんはシンガーソングライター。 1992年6月29日生まれ山形県山形市出身。民謡日本一に2
度輝き、18歳で上京、2013年デビュー。rystal KayやJUJU、東方神起、坂本真綾など著名アーティ
ストを手掛ける音楽プロデューサーsolayaと出会い、オリジナル曲の制作を開始。 また動画サイトで
名曲を民謡調•山形弁に 編曲カバー、話題に。・・・
参考記事
◎世界幸福度ランキング1位・フィンランドの高校生は「人生観」を学んでいる。セレ
ンディピティの概念や不公平への視点…人生を切り拓く教育とは
婦人公論.jp 岩竹美加子 によるストーリー 2024.11.2
…調査によると「私個人の力では、政府の決定に影響を与えられない」という考えについて、日本の高校生の83%が「全くそう思う」、または「まあそう思う」と答えたという。それは米国76.2%、韓国64.4%、中国59.4%の回答と比べて高い。フィンランドの教育は社会や政治に影響を与えることを非常に強調するが、日本でそうした教育はされていない。自分の力で政府の決定に影響を与えられるという感覚が低いのは、当然の結果であり不思議はないだろう。…
日本の若者が投票に行かず、政治への関心や知識が不足し、自己有効感、当事者意識、主権者意識などに欠けてしまいがちなのも、抑圧的で管理主義的、画一的な日本の学校教育が生み出す弊害と考えられる。
また心理学の有益なポイントを高校生の時から学習しているフィンランドに対してほとんど教えていない日本ではストレスなどへの対処法に習熟していない生徒が多い傾向が見られるようだ。加えて日本の学校では子どもから自己肯定感を奪うような規律遵守の指導が目立つ。こうした事などから日本では過去2年間連続で小中高の年間自殺者数が500人を超えている。時に児童生徒を委縮させかねない日本の道徳の授業よりも科学的な見地から生き方を学び取るフィンランドの授業の方が子供たちの幸福感を高める効果があるのだろう。
○がんになった音楽プロデューサー 「余命1年」告げられ、考えたこと
withnews 田中紳顕 2018.12.15
朝倉さんはsolayaさんの全面的バックアップを受けて10年近く、プロ歌手としてのメジャーデビュー目指して二人三脚で頑張ってきたようである。しかしYouTubeなどでの視聴回数自体はそこそこ稼げていたが、横浜でのコンサートがコロナ禍に阻まれるという不運もあってプロとしてメジャーな存在にはなかなか到達できない現状が続いていた。そうした中でのsolayaさんの癌の再発と転移…治療の甲斐もあって余命宣告1年から5年余り経つがさすがに治療の限界が迫ってきた中で、この歌が二人にとっての最後の曲となる…そういう思いでこの動画は公表されているようである。動画内での映像やテロップはsolayaさんが手がけたものらしく、自己の死を目前にして本当に大切な物とは何かを自問するような言葉が続く。朝倉さんはMVを見た時に初めてsolayaさんのテロップに込められたメッセージを確認できたようである。
◎リアクション動画 | 泣いた理由、涙で本音を語る。【ライフソングのPV初めて見
る】朝倉さや (アルバム - Life Song)
2022/04/03 朝倉さや , Saya Asakura 6:02
○旅する民謡、人生が終わっても唄は終わらない / 北海鱈つり唄
MusicVideo (ライフソング) 2021/06/05 朝倉さや 3:36
○朝倉さや生配信 2022.9.27 朝倉さや , Saya Asakura 24:58
2022年9月11日のsolayaさんの死を伝える生配信。
◎ドーナツ | ラジオ深夜便「深夜便のうた」放送中 #朝倉さやMusicVideo
朝倉さや , Saya Asakura 2023/10/19 4:42
この動画を一つの手掛かりとして大切な人を失った時にそれをどう受け止め、残された時間をどう生きていけば良いのだろうか、もう一度考えてみよう。
以上で「押し活」終了です。
◎[とちスペ] 残された時間を精一杯生きた女子高生のメッセージ 白血病と闘った日々
の記録 | NHK 2022/12/06 6:51
◎【脳腫瘍】病と闘った7年間 絵を描き問い続けた“生きる意味” #中京テレビ
ドキュメント中京テレビNEWS 2022/12/22 14:28
◎【2年間の密着取材】亡き人と紡ぐ『未来の思い出』「絆画」‥故人と遺族の絆を
繋ぐ絵師 CBCドキュメンタリー 2022/03/22 CBCドキュメンタリー 50:00
13:30までを視聴させても良いだろう。「絆画」について生徒達の感想を確認してみたい。
◎【漫画】「もしあと1年で人生が終わるとしたら?」をわかりやすく解説【要約/小
澤竹俊】 2021/11/23 フェルミ漫画大学 14:08
「やりたいことリスト」「自分が誰かを喜ばせられる事とは何」「家族との時間を大切に出来るか」
等、アンケート形式で自由記述させたい。
◎「おくりびと」 予告編 2008/09/05 toshiakikuwajima
大切な人の死にどう向き合うのか、考えさせられることの多い映画。カッパが倫理や現代社会でよく
利用してきた傑作。時間が許すなら全編、視聴させても良い。
◎知らないと損。精神科医が教える、治療的に正しい不安との向き合い方
2021/07/01 精神科医がこころの病気を解説するCh 19:18
不安と向き合うための方法論。
◎[NHKスペシャル] 東日本大震災 親を亡くした子どもの「心の声」 | 震災遺児 |
東日本大震災から10年 | Nスペ 5min. | NHK 2021/03/13 5:08
大切な人の死をどのようにして受け入れていくのか、遺された人たちの心のケアをどうしたら良いの
か、考えてみたい。
◎自死遺族 のこされた家族の日常 はしもと ゆっこ 2021/02/18 8:45
参考記事
◎精神科医が「高校生の患者」にする質問の中身 心理的な葛藤が体の症状に出ている場
合には… 東洋経済オンライン 尾久 守侑 2024.6.17
高校教師にとっても非常に役立つ、高校生と接するときの心構えであろう。「心から心配する温かさを持ちながらも、ああ、このやり方はちょっと近間すぎるなとか、遠間すぎるなとか、役割を演じる冷たさも同時に必要で、心が温かいだけでは巻き込まれてしまうし、役割を演じていること、装っていることに関しては、思春期の子のほうが大人よりもよっぽど敏感だから冷たいだけでも勘付かれてしまう。自然な間合いまで自分を晒し、本当に心配していると同時に、大して心配していないという矛盾した心理状態を保つことが、比較的普遍性のあるスタンスとして多くの治療者に受け入れられやすいのではないかと思う。」
絶妙なバランス感覚ではあるまいか。
・うつ病と双極性障害
参考動画
◎【危険】疲れの限界サインTOP5!この症状増えたら早急に休んだ方がいい(うつ
病 双極性障害) 睡眠専門医渥美正彦 2024/12/08 7:01
ストレスと過労による心身の失調には敏感でありたい。心と体の関係に注目し、自他ともに最悪の事態を招かぬ努力が必要である。
◎【驚愕】人はなぜうつ病に苦しめられるのか?
VAIENCE バイエンス 2023/11/19 10:00
うつ病に関する基本的な事柄を概観するには最適の動画。10分間という視聴時間も使用しやすいポイント。まずこの分野の導入として利用してみたい。
◎双極性障害 発症から15年の浮き沈み全て教えます。【躁うつ病 患者さんの実体
験】 睡眠専門医渥美正彦 2024/10/30 7:58
かつて「躁うつ病」と呼ばれていた双極性障害は発症が思春期であることが多く、緊急性もあるため、教師としては必ず知っておくべき知識である。専門家でも「うつ病」と誤診することが少なくないため、発見・治療が遅れがちになり、自殺などの重大事態を招きやすい病気と考えられている。
気分が高揚し、浪費に走る、衝動的になりやすい、激高する、自傷行為に走る…といった問題行動は本人に気分の落ち込みが無く、むしろハイになっている時に生じがち。しかし患者の多くはハイの状態を問題視できないため、患者自身、病態を自覚できない傾向が強い。患者は抑うつ状態ばかりを問題視してしまい、うつ病の治療薬を服用しがちになるため、症状をこじらせてしまうケースが多いという。
教師としても要注意の病気。
◎【衝撃】うつ病の人に絶対やってはいけない5つのこと【危険すぎるよ…】
睡眠専門医渥美正彦 2024/11/10 7:24
重要ポイントがよく整理されていて理解しやすい。
〇※こんな会話をしていたらうつ病かもしれない5選【初期症状】
睡眠専門医渥美正彦 2024/10/13 6:23
うつ病患者は過去への後悔と未来への不安に心を占領されていて、同じ話を繰り返し勝ち…という指摘は特に重要かと思う。
◎うつ病の知られていない10の症状【精神科医が徹底解説】
睡眠専門医渥美正彦 2024/12/15 10:05
一割近くの人が生涯において一度は罹患すると言われるうつ病の基礎知識は教養としてぜひ若いうちに身につけておきたい。
◎うつ病の人が見る6つの変な夢【悪夢障害】
睡眠専門医渥美正彦 2024.12.29 5:58
子供のころによく見た悪夢がかなり含まれているかもしれない。ポイントはここで例示された内容の悪夢を繰り返しみる場合はうつ状態にある可能性が高い、という点にある。ただの夢占い、夢分析は非科学的であり、信じてはなるまい。
悪夢への関心は高く、夢占いを信じている児童生徒は少なくあるまい。このテーマを扱う際には彼らに変な暗示をかけてしまい、不安がらせる結果にならないよう、科学的で慎重な説明が必要とされる。
なお、渥美先生の動画は特に睡眠障害、うつ病、睡眠薬などを10分以内の短時間で丁寧に分かりやすく解説してくれているので授業で視聴するには一番のオススメ。
参考記事
◎「うつ」になる確率も低下する…メンタルの不調から私たちを守ってくれる「3つの
要素」現代ビジネス 飯田 一史 によるストーリー 2024.2.16
この程度は全員知っておくべきだろう。
◎冬はセロトニン分泌が激減 「冬期うつ」は一般的なうつ病と何が違う?
ウェザーニュース によるストーリー 2024.1.21
気分や感情が基本的にはセロトニンといった物質的基盤の上に成り立つ現象であることは十分に理解
しておきたい。とりわけ日本海側や東北、北海道の人たちは秋から冬にかけてそのことを強く意識し
て生活する必要があるだろう。
◎他人を思いやる行為は抑うつや不安の症状を軽くする?
HealthDay Japan Translation によるストーリー 2023.1.16
他者への思いやりが抑うつや不安を軽減する可能性があることは以前から指摘されていたことではあ
るが、改めて確認しておきたい重要ポイント。
◎太古より「不安」こそが生き抜くための人間の武器だった? 未来の不安を予想して
も「95%」は当たらないもの 集英社オンライン オピニオン 2023.6.9
「不安」とどう向き合うべきなのか…その基本的スタンスが極めて分かりやすく記されている。「今
を生きる」マインドフルネスの考え方にも通底するものを感じる。
〇子供のうつ病、大人との違いは 小中高生の自殺者数「過去最悪」で対策急務に
産経新聞 2023.4.3
日本における精神医療分野での法整備の遅れはかなり深刻なレベルにあるのかもしれない。
〇日本人が知らない「感情」が果たす超重要な役割 世界中の研究機関が注目する「感情
神経科学」東洋経済 オンライン レナード・ムロディナウ の意見 2023.6.14
感情はこれまでもっぱら理性的判断を狂わす非理性的役割を果たすものとして捉えられる傾向があ
り、「感情的になるな」といった忠告が繰り返されたりもしてきた。しかし脳の働きがミクロなレベ
ルから解明されつつある中で次第に感情の果たす役割が見直されつつあるという。
〇いじめでも、家族関係でもない…子どもが自殺を考える「1番の理由」の正体
文春オンライン 末木 新 によるストーリー 2023.7.3
家族関係や学業・進路の悩みが若者の自殺の原因として最も多い、ということは教師として弁えてお
きたい。特に進路指導にあたる教師は要注意。
◎「まさか」と「またか」 人を自殺に追い込む「危機経路」に“一定の規則性” 「全
体」通じた支援を FNNプライムオンライン によるストーリー 2023.9.10
自殺に至るプロセス全体を通じての予防策が必要であり、その予防策はすべての 人々にも役立つも
のとなる、という指摘はこの問題を考える上で踏み外してはならない基本中の基本だろう。
〇小中学生の自殺“過去最多” 近年増加「市販薬のオーバードーズ」による死が統計に
含まれない事情 弁護士JPニュース によるストーリー 2023.10.5
「全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患実態調査」によると、10代の薬物使用における「市販薬」の割合は14年には0%だったが、16年には25%、18年には41.2%、20年には56.4% 、22年には65.2%と増加している。その結果として、市販薬のオーバードーズによる死亡が後を絶たない…という。しかもオーバードーズによる死亡は自殺としてはカウントされていない可能性があるらしい。
とすれば児童生徒たちの「自殺」件数は厚生労働省のものですら信用できない。
○戦争トラウマ、初の実態調査 国が旧陸海軍病院の資料など照会へ
毎日新聞 によるストーリー 2024.8.16
戦争経験者がほとんどこの世を去った段階での、あまりにも遅すぎる取り組みにむしろ驚きを隠せない。日本の精神医療体制の遅れはこうしたところにもあからさまに露呈しているのだ。欧米では第一次世界大戦のころから注目されてきたこの問題が日本では何と一世紀遅れで話題になる…日本における学校教育行政の遅れと精神医療行政の遅れは密接に絡み合いながら全国各地にイジメ自殺事件の発生を招き、青少年の自殺率を高止まりさせてきた。厚生労働省と文科省の抱える闇は深い。
※参考動画
○【落合陽一】日本の死因はウソだらけ!見逃される殺人も?「異状死の解剖率わずか1割」法医学
者の岩瀬博太郎がヤバすぎる現状を告白、なぜ解剖率低い?心不全が多い謎、野生型ガン、買う
なら「高い車」が良いワケは NewsPicks /ニューズピックス 2024/08/08 17:36
「異状死の一割しか解剖されない」現状では自殺統計も信用できるわけがない。死因の特定が解
剖無しで「心疾患」という安易な診断が下されがちな日本では殺人ですら見逃されがち…という
解剖医の指摘に驚かされる。原因究明の努力が何事においてもいい加減な日本の行政のあり方に
大きな問題がありそうだ。
このテーマでぜひとも視聴させたいのが◎「受け入れるという生き方 」佐々木 美和 (TEDxNagoyaU2015/08/28 17:50)です。この講演ではウツを扱ってはいません。重い病気で死に直面し、「不安や恐れと向き合う」若者に最後の限られた時間をどう送らせていくのかがテーマとなります。ちょうど高校生の話であり、話者の佐々木さんも話上手なので生徒の集中力が切れることはないでしょう。
いきなり自殺の問題から入ると展開が余りにも重苦しくなります。とはいえ軽く冗談からはいるネタでもありません。このような、真剣に耳を傾けたくなる講演から入るのがベストと感じています。真剣に聞いてくれた生徒達はやがて「ウツの人」に対しても、また誰であっても「受け入れるという生き方」が必要であることに気付いていくはずです。
関連してご紹介したい動画は○「がんになって良かった」と言いたい 23歳でこの世を去った京大生の決意 AYA世代のがん患者たちと共有する想い」(関西テレビNEWS 2022/03/10 10:23)です。「がんになって良かった、と言いたい」との発言になぜ批判が多かったのか、討論させてみたいですね。また◎「人が死ぬ前に本当に後悔すること5つ 2000人を看取った医者がお伝えします」(緩和ケアちゃんねる・かんわいんちょー 2022/07/13 19:24)もオススメ。死を前にして後悔しない生き方、亡くなり方とは何だろう・・・しっかりと考えておきたいテーマです。
以下は10年以上前ですが私が授業で用いたプリントの内容を教材の一例としてご紹介いたします。
はじめに
心因性の問題に対してはカウンセリングを中心とした心理療法が試みられています。心身に悩みを抱えて憂鬱な日々を送っている人達を薬に頼らずに少しでも楽な気持ちで過ごせるよう、働きかけるのが心理療法です(なお薬の投与をともなう治療行為はお医者さんの資格を必要とし、普通の心理療法家では薬は扱えません)。精神科に対する偏見や心理療法に対する誤解が少なくなってきたせいか、特に気がねすることも無く精神科の外来やカウンセラーのもとを訪れる若者が徐々に増えてきたといいます。臨床心理士の資格があれば実際、就職にも事欠きません。今や、学校カウンセリング自体が小学校や中学校段階ではかなり軌道に乗り、特にカウンセリングへの興味関心は青少年の間にも非常に高まってきているようです。そこで今回はカウンセリングを中心に今、最も「ホット」な心理療法の世界を少しだけ覗いてみましょう。
1.カウンセリングの基本的考え方:来談者中心の発想とは?
カウンセリングはアメリカのカール・ロジャースが1940年頃に来談者中心療法を確立して以来、様々な療法に枝分かれして現在に至っている。しかし来談者とカウンセラーが一対一で向かい合ったときの基本的な心構えはロジャースの唱えた原則がほぼ踏襲されているといってよい。それは「来談者中心」という言葉に表されているもので、かつての治療が治療者中心のものであったことへの反省から生まれてきた原則である。
普通の病院を例に「来談者中心」の意味を考えてみよう。患者である我々は医者に吐き気やら痛みといった症状とその部位を告げ、医者はそれに対して触診したり、さらに詳しく症状を聞きだしたり、場合によってはレントゲンなどの検査を行うだろう。そして「ただの風邪のようです。」といった診断を下し、薬を与えたりして治療を終える。患者は普通、症状を訴えるほかはすべて医者の指示に従うのみである。専門的知識を持たない一般の人たちはこうした「治療者中心」の一方通行的な治療を当然のこととして受け入れざるを得ないのが現状である。
身体的な症状を解決してもらうだけなら、我々も上記のような治療者中心の治療に我慢できるかもしれないが、心の異状を解決してもらうとなると話しは別であろう。何よりも自分の心の奥底を他人に見せること自体、我々に抵抗感が強い。加えて心は身体のような物体ではないから、他人が直接見ることも触れることもできないし、患者の心は結局、患者自身が主体となって変える以外に方法はあるまい。そもそも患者が主体とならなければ治療自体が成り立たないのだ。カウンセリングにおける患者中心の発想は治療における身体と心とのこうした違いから必然的に生まれてきたと思われる。
ロジャースが来談者中心の発想を重点に置いたときに、それを具現化するための手法として最も重視すべきものとしたのが来談者に対するカウンセラーの受容的な姿勢(非指示的姿勢)であった。カウンセラーは来談者に対してできるだけ批判的な言動はとらずに共感的理解に努め、相手への無条件で肯定的な関心を持ち続けなければならないとされた。そのためカウンセラーは「…したほうが良いのでは」といった指示的なアドバイスを避け、来談者の言葉を反復して投げ返したり、不明瞭な部分を明確化してあげることに努めることになった。
カウンセラーはあくまでも相手を暖かく全面的に受け入れるという姿勢を貫き、その言動で来談者の主体性を損なわないよう、細心の注意を払った。そうすることで来談者の心理的抵抗感をなくし、来談者自らが問題の所在と解決法を気付くように仕向けられるとロジャースは考えたのである。すなわちカウンセリングとは専門家から来談者が何らかのアドバイスを受けるもの…といった通常の観念はここでは否定された。問題の発見と解決はカウンセラーが行うのではなく、来談者自らが行う、だからこれを来談者中心療法と呼ぶのである。
※ただしカウンセラー自身が自らをありのままに呈示する姿勢も無いと、来談者も安心して自由に感
じ、考えたことを表現できなくなるかもしれない。したがって場合によってはカウンセラーが来談者
への不満や攻撃的な感情をあえて表現することも許されるという。確かにカウンセラーが自らの感情
を偽ってうわべだけで「受容的」な雰囲気を作り上げても、それはかえって「うそ臭さ」を伝えてし
まい、来談者が真の自分自身に迫ることを妨害しかねないかもしれない。
2.行動療法
カウンセリング理論とかなり対極的な立場をとるのが、この行動療法である。1959年、伝統的な心理療法に対抗し、学習理論(「学習心理学入門」参照)にそくした療法としてH.J.アイゼンクにより提唱された。彼は来談者の主観のような、科学的に実証できない曖昧なものには依拠できないとロジャースらを批判し、さらに無意識もまた実証不可能としてフロイトらの精神分析学をも批判した。行動療法ではあえて心を直接の治療対象とはせず、問題とされる行動の修正をはかり、「眠れない」といった症状の除去を最大の課題とする。問題とされる行動は過去に学習されてしまったものと捉え、その消去と好ましい行動の学習をはかるのが治療の基本となる。治療の具体例を見てみよう。
例1.「アルコール依存症に対する嫌悪療法」
いわゆる「アル中」の患者を治療するためにまず吐き気を催す薬物を患者に投与し、吐き気(=嫌悪)が生じてきたら直ちに酒を与えるというもの。これを繰り返すことでアルコールにたいして「吐き気」を条件付け、飲酒行動の消去をはかろうとする療法である。
例2.「高所恐怖症に対する系統的脱感作療法」
高い所が極端に苦手な患者に対して、少しずつ高所に慣らしていくと同時にその都度リラクセーションを施して、「高所」(刺激)→「恐怖感」(反応)という結びつきを消去していく治療法。ただし最近ではリラクセーションを施さずとも少しずつ恐怖場面にさらしていくエクスポージャー(曝露)だけでまったく同等の治療効果が得られるとされてきている。
まずは不安階層表を十段階程度、作成。最初は不安の低い刺激から階層順に患者を刺激にさらしていく。その際、自覚される恐怖感を10点満点で自己採点させる。曝露される時間が経つにつれて恐怖感は必ず逓減されるので、理想的には0点になるまで曝露を続ける。0点となったら次の階層に進む。最終的には恐怖感が最高となる階層でも0点となったら治療終了。アメリカではさらにVR技術を使ったVRエクスポージャーも出現し、大きな治療成果を挙げているという。
一般的に行動療法は精神分析と違って患者に対し過度な精神的負担を与えずに、しかも症状によっては短期間で改善されるというメリットがあるという。つまり特定の症状に対して自分の心の奥底に原因を求めていく分析的手法はヘタをすると自責の念の「アリ地獄」へと自分を追い込んでしまいかねない。しかし行動療法はどちらかといえば身体的な側面に原因を求める傾向がある分、治療を受ける際の精神的な負担が軽く済むようである。
そもそも行動療法では自分の心の奥底を他人にのぞかれるという不安が少ない。ただし、「アル中」患者の場合でいえば確かに行動療法では短期間で症状の改善が見られるようであるが、中長期的に見た場合、やや気になる点も出てこよう。つまり、「アル中」患者の飲酒行動が嫌悪療法によって一時的に抑えられたとしても、彼が飲酒行動に耽るに至った原因(夫婦関係の破綻、仕事の失敗…etc)は未解決のままであろう。したがってたとえ嫌悪療法で一時的に症状の改善が見られたとしても、その原因が解決されない限り、やがては再発してしまう危険が残りそうである。
重症の薬物依存のように一刻を争う場合には、行動療法で早期の症状改善をはかって健康の回復を待ちながら、折をみて根本的な原因の解決をカウンセリングや行政側の対応によって進めるという二本立ての解決法も考えられるだろう。実際、折衷的立場で治療する人も多い。ただでさえ、心の世界は謎だらけである。行動療法かカウンセリングか、それとも精神分析か…といった硬直した二者択一の発想ではなく、それぞれの長短をふまえたうえでの柔軟な発想で心理療法を捉えることが必要なのだろう。
3.認知行動療法の考え方
アメリカのアーロン・ベックが1970年代に提唱し、デイビッド・バーンズらが普及に努めた精神療法。それまで対立的だった行動主義的立場と認知主義的立場を折衷して統合。日本でも2010年からうつ病の治療法の一つとして公的に認められ、医療保険の適用を受けられるようになりました。この治療法が普及したことでそれまでの不毛とも見えた行動主義と認知主義との激しい対立に終止符が打たれたことの功績は大きいと考えます。つまり認知行動療法は行動と認知の双方に働きかけ、二つとも好ましい方向へと変容させていく、折衷的な立場をとる治療だと考えて間違いないでしょう。
※実は私が卒業した大学の臨床心理学においては行動主義の立場が強く、精神分析などには極めて批判
的な先生が中心にいました。個人的にはユングの思想に興味を持ち、河合隼雄氏の昔話の分析などを
喜んで読んでいた自分にとっては正直に言って居心地の悪さを感じる環境でした。しかし、今、思う
と確かにユングの立場は神秘思想的過ぎて科学から遠ざかっていく要素があるのは事実でしょう。と
はいえ、夜尿症の子供に対し、治療と称してシーツから微弱な電気ショックを与えて覚醒させ、排尿
させるという当時の行動主義の治療法にも違和感は拭い去れませんでした。双方の考え方の谷間に落
ち、先の見通せない暗闇の中で心理学そのものから遠ざかっていた自分にとって認知行動療法の登場
は絶妙の落としどころを自分に与えてくれたのです。
認知行動療法の魅力は再発率の低さにあると言われます。薬物依存の心配も不要で短期間で一定の効果を上げられるとも喧伝されました。特に自己洞察を深め、行動を変えていく過程で自身を自分にとっての最良のカウンセラーとして訓練していく側面は再発を防ぐ上でもとても重要な発想であると感じます。
治療としては来談者がまず自身のうつ病特有の考え方、認知の歪みに気づくことから入ります。うつ病患者には瞬間的に浮かんでくる特有の自動思考(思い込み・決めつけ、白黒思考、べき思考、深読み、先読み、自己批判・・・)とスキーマ(後ろ向き、内向的・・・自動思考の根底にある思考の強固なクセ、信念)が共通して見られるため、患者自身にそのことを気付かせるのです。気付いてもらうには「認知の歪み発見スケール」(→「悩み・不安・怒りを小さくするレッスン・・・」中島美鈴)や「下向き矢印法」などがあります。両方とも授業で活用できます。
・下向き矢印法:たとえば相手からメールの返信をもらえない時、誰でも多少は不安になります。そこであなたは「その相手から自分の言動が原因で機嫌を損ねてしまったかもしれない。」と考えたとします。そこから先は「それがもし事実だとしたらどうなるのだろう?」と自問自答を繰り返させるのです。「私は相手から嫌われているのだろう」が次の答えなら、また「それがもしも事実だとしたらどうなるだろう。」と問い続けていきます。結果的に「私は多くの人から嫌われている」「自分はダメな人間だ」という答えが出たならばその答えには明らかに「思い込み・決めつけ」や「先読み」「自己批判」などの自動思考が絡んでいます。
ベックらが指摘したうつ病特有の認知の歪みを示す自動思考は非常に重要な知見になりますのですべて紹介しておきましょう(→「いやな気分よさようならコンパクト版」D.バーンズ 星和書店)。
・すべてか無か思考(白黒思考):物事を極端に、白か黒かどちらかに分けて考えよ
うとする傾向(=二分法思考)。
・一般化のしすぎ:たった一回の失敗をしたことだけで今後は常に失敗すると考えた
りする傾向。
・心のフィルター:ネガティブな「色眼鏡」をかけて物事をマイナスに見てしまう傾
向。
・マイナス化思考:何でもない普通のことや良いことですら悪いこととして考えてし
まう傾向。
・心の深読み:他人の心を確かめもせずに自分に対して負の感情を持っていると予想
してしまう傾向。
・誤った先読み:ちょっとした事を不幸の前触れと信じ込む傾向。これからは悪いこ
としか起きないと決めつける傾向
・拡大解釈と過小評価:自分のマイナス面は拡大解釈し、自分のプラス面は過小評価
してしまう傾向。逆に他人の長所を過大評価し、他人の欠点を過小評価する傾向。
・感情的決めつけ:自分のマイナス感情によってすべてを決めつけようとする傾向。
・べき思考:物事をすべて「・・・すべき」「・・・しなければならない」と自分自
身に必要以上のプレッシャーをかけてしまう傾向。自罰的傾向を生み出す。
・レッテル貼り:一般化のしすぎと同様に一つの出来事で自分にマイナスのレッテル
を貼ってしまう傾向。他人への偏見や攻撃的言動を生み出す。
・個人化(自己批判):マイナスの出来事の責任、原因をすべて自分個人の責任に期
してしまう傾向。
※以上の自動思考は重なる要素が多いので、どれか一つに当てはめる必要は無い。
来談者の自動思考やスキーマを批判してはならず、来談者自身に気づかせ、評価させる。これはきわめて認知主義的な考え方。しかし行動を変えていくという指示的行動療法の側面も持っている(ソーシャルスキルトレーニング等)。たとえば抑うつ的で非社交的なタイプに対してD・バーンズは敢えて来談者に一人暮らしをさせて孤独の中でも自分自身を楽しませる訓練をさせている。
自分をいたわり楽しませる訓練→人間的魅力の向上+孤独を楽しむ心のゆとり→大切なパートナーとの出会い→他人をいたわる気持ちと能力が向上→積極的な他者への関わり→人間関係の拡大と深まり=抑うつ気分からの回復
※ただしプラグマティックで理屈っぽい面があり、日本人向きでは無い、重症者にはあまり適さないと
いう批判もある。
4.マインドフルネスの考え方
認知行動療法から派生し、1990年代以降注目される。禅宗の教えに影響されて成立:「座禅、呼吸法」を重視。理屈や言葉よりも体験、体感を重視(初期の理屈っぽい認知行動療法との違い)。
「今を生きる」:過去の悲しみを反芻して落ち込み、将来への不安を先取りして落ち込む自分から・・・現在のありのままの自分の大切さ、今生きていることの素晴らしさに気づく。「マインドフルネス」とは「今この瞬間に、判断を加えることなく、能動的な注意を向けること」。呼吸法(吐くことに重点、腹式呼吸)と漸進的筋弛緩法がリラクセーションのポイント。生き生きとした五感を取り戻す。
負の感情にも居場所を与える。恐れや不安にも存在価値。メタ認知(第三の自分)を鍛える。感情の渦に巻き込まれず、そこから距離をとってしばらく自分の感情の動きを眺めるうちにいつの間にか 負の感情は弱まってくる(脱フュージョン)。負の体験や感情に対して戦いを挑むのでも回避するのでもなく、冷静に観察し続ける目を養う。
参考動画
○感情を切り離す、マインドフルネスを解説 #早稲田メンタルクリニック #精神科
医 #益田裕介 2022/03/12 精神科医がこころの病気を解説するCh 15:08
○【自己肯定感の育て方】スタンフォード式 親子でできるメンタルトレーニング/危
険な自己肯定感・求めるべき自己肯定感/最新の脳科学・心理学200以上の研究論
文に裏打ちされた子育てメソッド PIVOT 公式チャンネル 2023/10/31 34:41
後編に続く