そこに一枚の画があって。

近づいてみるとそれは組み上げられたジグソーパズルだったとして。

図像を切り分けるパターン、ピースの在り方にあらゆる可能性があるなかで、ひとつを選び取ることによって初めて、作品の価値(図像それ自体ではなく、パズルとしての)が定まるのかな。「選び取る」ことによって。

僕は本当に、何かを選んでいるんだろうか。ひょっとするとその図像は、そのように分かたれることによって初めて、いや分かたれることを通してしか、成立しえないんじゃないのか。言い換えるなら、初めから「そのようなもの」としてしか、僕は認識することができないんじゃないのか、ということ。僕が画の前に立った、最初から。この「僕の世界」では。