JR東海・御田踏切&名古屋鉄道・神宮前1号踏切
が百年の歴史に幕を下ろしました。
(名鉄側は赤と黄、JR東海側は黒と黄の注意喚起板[1])

神宮前駅は昭和初期の時点で
国鉄東海道本線・愛知電気鉄道常滑線&豊橋線(現・名古屋本線)、知多鉄道(現・河和線)
が乗り入れるターミナルであったため、
この駅の北側に位置する上記の踏切は"開かずの踏切"となっていました[2]。
もちろん"開かずの"踏切"であり、半開&全開という複雑なシステムとなっているため、
事故が多発していました。
(安全対策も施されましたが死亡事故も起きていました。)
そして2012年7月1日、これらの踏切が閉鎖されることとなりました。
全国的に珍しい手動式遮断機を有するこれらの踏切の最期を見ようと、
多くの鉄道ファンとメディア数社が集まりました。
(手動式遮断機は一般路線では東海地方唯一でした[3])
午前0時に全ての遮断機が下りた状態となり、
その後は市の職員らによって柵が設けられ、ワイヤ式遮断機が撤去されました。
その後は本格的な柵が設置されました。



今後エレベーター付きで自転車&歩行者が通行可能な歩道橋が着工され、2017年に完成する予定です。
車は恒久的に通行不可となります。
自転車は歩道橋竣工までは熱田陸橋or秋葉アンダーパスを利用することになります。
追記:
これらの踏切が閉鎖される前に乗り鉄で暫く行っていなかった阿久比駅に行きました。
駅到着後はカエルと鈴虫の鳴き声が聞こえてくるような所を歩き2駅隣の白沢駅に行きました。
白沢駅で普通太田川行に乗り名鉄唯一の3層構造駅である太田川駅に到着、
次に急行一宮行で神宮前に行きました。
参考文献
[1]黒尾透,「開かずの踏切:神宮前駅北側を閉鎖」,毎日jp,
http://mainichi.jp/area/aichi/news/20120702ddlk23040120000c.html,(参照2012/7/3)
[2]豊田浩基,「懐かしい鉄道風景探しの旅 名古屋本線」,週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 大手私鉄 NO.08 名古屋鉄道1,朝日新聞出版,2010年,pp.7
[3]清水俊郎,「74枚の願い 歴史に幕」,中日新聞,2012年7月2日,日刊,市民版



