徐々に思い出してきたのか
風呂やトイレも手伝う程度で
自分で行けるようになってきた父親
そして少しずつ話すようになってきた
ここからが私の1番苦しくて
痛くて しんどい7年間
まず前までの父親は
真面目で正義感があり
諦めるより根性でなんとか粘る
優しく頼りになる
そんな風に見えていた
精神病院から退院して
話せるようになった父親は
そんな私のイメージしていた父親から
全くの別人になってしまい
口を開けば
どうせ俺なんか…
早く死にたい…
どうして俺だけ…
俺にはできない
この病気の人本人が辛いことは
当時の私も知っていた
ただ一緒に暮らし
毎日話を聞く側もなかなかに
辛かったです
病院側からは
できるだけ話を聞いてあげてほしいと
言われたので毎晩聞いていた
ただ死にたい や
どうせどうせ
ずっとマイナスなことばかり
毎日聞き
就活が終わり
初めて社員として職につき
さらに初めての責任者になった私には
なかなか毎日その話を聞くのがきつくて
発注業務や他店からのいじめ
そして責任
家に帰れば
死にたいとずっと言われる毎日
仕事が終わると笑顔をするのも
しんどくて誰とも話したくなかった
そこから三年後
大量リストラにひっかかり
仕事が急になくなってしまう
その頃には自分のマイナスな事だけでなく
私に対するマイナスなことばかり
発言するようになり
お前は生きている価値がない
職場からも必要とされてない
金も少ししか稼げない無能
お前が死ねばいいのに
これを7年のうち6年間
言われ続け
さらに否定的と父親が
捉えるような発言をすると
殴られ 蹴られ 投げられた
リストラされた日も
全くいつものように何時間も
私に対する人格否定のような事を
言い続けた
じゃあいなくなっていいの?!
つい言葉が出てしまい
数発殴られた
とくに職場からも家族からも
必要とされてないと言われた時に
その日ばかりは
たえられず
弟に電話の子機だけを渡し
何時には帰るけど
何かあったら連絡してと伝え
外に飛び出して車を走らせ
電車に乗り降りた駅から少し離れた
ベンチでめちゃめちゃに泣いた
ホームレスだと思われる
おじさんがどした?!と
駆け寄ってきた
家で泣けなくて
外に出て泣きに来ました
うるさくしてすみません
おじさんに言って
その場を立ち去ろうとした
そしたらおじさんは待ってて!と言って
缶コーヒー買ってきてくれて
飲まなくてもいいから
それを持って手を温めてなさいって
渡してくれた
自分でも気づいてなかったけど
すごく手が震えてた
おじさんは
私が近くにいるのもあれだから行くね!
気をつけて帰れよ!
と言ってくれてどこかに行ってしまった
弟のことも心配だったので
少し落ち着いた私は
家に電話をかけて
缶コーヒーを飲みながら帰った
殴られた時に口の中が切れていて
飲んだコーヒーは痛かった
この時のおじさんに感謝です