私の実家の話を書きます。

とても暗いです。
お気楽ゴリラなのでそこまで
気に病むことなく生活してますが
たぶんかなり酷かったです

私以外この内容を
覚えている人がいないのです
当の本人達は記憶にないらしく
弟も成長する過程で
つらい過去を覚えていない

弟の高校卒業まで我慢して
実家に残った私に結婚するときに
ボロクソ姉弟からも文句言われ
父親から殴られ暴言吐きまくられ
身内は心のなかで切ってます




暗い内容が苦手な人は
読まないほうがいいです。





中学2年頃から

母親を見かける回数が減る

ご飯を作らなくなる

部屋にこもりパソコンから離れない

仕事の日は私達の弁当は作らないのに
職場の人に持ってくーとか鼻歌歌いながら
弁当を作って
朝ごはんも出さずに仕事に向かっていた。


鍵っ子の私達
弟は7つ下でまだ小学生
遅いときは夜中の23時近くまで
ご飯をもらえないこともあった
毎回出されるのは乾麺のそば
水菜を適当に入れたやつ
めんつゆはほんの少しほぼ水
毎日それ

私達は牛乳も期限が切れていたのを
飲んでいた
たまに出される料理は
中の材料が腐っていた

弟がご飯を作って欲しいと
母親がこもる部屋に入ろうとしようもんなら
どつかれて追い返されていた
1番ママっ子だったのに
いつも突き放されて
チックの症状が次第に出ていった

そのことが分かり私が問い詰め
母親と大喧嘩すると
私の使っている私物や服など
投げまくる
セロハンテープの台までこちらに向かって
投げてくる

避けると当然壁に穴が開く
それを見てスイッチが入ったのか
母親は奇声をあげながら暴れまくるので
中学で覚えたての柔道の技をかけた

ガラスが割れるようなものすごい奇声

弟は怯えていたので
別の部屋に隠れるよう指示
何かあったら警察に電話して!と声をかけた

弟は必ず私の防寒着などを持って
移動してくれていて
万が一外に閉め出されても
寒くならないようにと
それと電話の子機を持ちながら
クローゼットやカーテン裏に隠れていた

たまにとても困ったのが
母親のほうが外に走っていってしまい
泣き叫びながら消えてしまうパターン
夜中にライトを持って探しに行ったこともある

さらに押入れに逃げてしまい
そこから出てこないと駄々をこね
お前のせいだ!!とずっと言われる

思春期に反抗期もできず
きちんと食べ物が食べられるのは
単身赴任からたまに帰ってくる父親が
来る日のみだった

母親は家事や育児を放棄していることを
よほどバレたくなかったのか
弟がやっと食べられると
一言口にしまった日の翌日
肩をドンッと何回も押して責めていたらしい
それを知った私がまた母親に怒りを伝え

毎度毎度の喧嘩になる。

私の居場所を奪うな!とか
わけ分からないことを言われる

その頃から薄々おかしいと思っていた
父親が母親に電話をするようになり
電話での夫婦喧嘩がひどくなっていく

喧嘩での八つ当たりはもちろん私に向かい
電話などを寝てる私に向かって投げ
告げ口しやがって!!とタンスのものや
学校のものまでベットにいる私に投げつけ
通学のヘルメットで殴ってきた

こんな生活が2年続く
受験生の私は誰も応援してくれる人も
いなくて 高校に行く金のことで
ずっと言われ続ける

習い事もそうだったけど
続けられるものじゃないとやらせない
中学卒業からは自分で金を出せ
自分の意志で決めていったんだから
当たり前だろと…
どのへんが当たり前なんだろう…
私は自分の将来のお金もこの人は
ためてくれて無い?と疑っていた。




私の母親だった人は
わがままを言って私立の学校に行き
友達の好きだった人を横取りして
生理が7ヶ月も来てないのに
病院も行かず
おろせない時期になって父親に告げ
デキ婚してる人

しかも前の彼氏の子か父親の子か
わからんと。

そんな人の言う当たり前だろって
何なんだろう。と
10代の私は不信感でいっぱいで
そんな母親のことをペラペラ
私に言ってしまう身内も何なんだろうと
徐々に人間不信が進んでいく。

当然掃除もされてなくて
汚れ ホコリ ものすごくて
ハウスダストに敏感な私が
蕁麻疹が酷くなり
母親に病院に行きたいと言っても
寝れば治ると言われ
ついに頭皮や顔面まで
原型がわからなくなったくらいで
やっと病院につれていってもらえた

それを知った父親が何でもっと早くに
病院に連れて行かないのかと問い詰め
また夫婦喧嘩が始まってしまう。

喧嘩がこわくて夜泣きをしながら
寝ている弟を抱きしめながら
喧嘩がひどくなったらいつでも逃げられるよう
朝になるまでずっと起きていた。