おはようございます☆


備忘録的に読んだ本を書いておこうかなと思います(^-^)/



医療機関で働く上で、おすすめされた本の一つです。



『海と毒薬  遠藤周作著』



~良心的で小心な医学部の助手が、何故、生体解剖というショッキングな事件の現場に立ち会うことになったのか?彼のおかれた条件と過去を照らし、人間の意志、両親を押し流す運命を描く--。日本人にとって髪とは何か、罪とは何かを根源的に追求した問題長編。毎日出版文化賞・新潮賞受賞。




感じたことは…



医療の発達にはこういうことも経験してきたんだな~。とか


医療に関わる者だけでなく、人間には“光”の部分と“闇”の部分とかあるんだな~。とか


内容は重いし、登場人物の人生や思いがずしっと来るものがあります。


でも、読みやすかったです!リアルな人間を文章で表現してくれてる気がしました。



ある医学部生の過去の回想場面で、自分にもなんかあてはまるのかなぁって思ってしまったところを抜粋してみます。(当時、小学校以上の教育を受けるのは彼だけだった、という環境でした。他の子は皆百姓の子で…彼は都会から引っ越してきた医者の子。)


私は子どもの頃、大人の目をうかがってたというか、あまり怒られずに優等生で過ごしてきたんですけど。だからこそ、「あ~わかるかも…。」と思ってしまったのかも。


(以下抜粋)


~毎学年、学芸会では必ず主役をやらされ、展覧会では絵にも書き方にもきまって優等の金紙をはられるようになると、ぼくは大人たちを無意識のうちにダマしにかかった。大人たちというのは詰襟を着た師範出の教師たちのことであり、また父親や母親のことでもあった。どうすれば彼等がよろこぶか、どうすればホメられるかを素早くその眼や表情から読みとり、時には無邪気ぶったり、時には利口な子のふりを演じてみせるにはそれほど苦労もいらなかった。本能的にぼくは大人たちがぼくに期待している者が、純真であることと賢いことの二つだと見抜いていた。あまり純真でありすぎてもいけない。けれどもあまり賢すぎてもいけない。その二つを上手く小出しにさえすれば彼等は必ずぼくをホメてくれたのである。


こう書いたからと言って現在のぼくはあの頃の自分を特に狡い(ずるい)小利口な少年だったと思ってはいない。あなた達も自分の子供のことを思い出してほしい。多少、智慧(ちえ)のある子供はすべてこの位のズルさは持っているのだし、それに彼等はそうすることによって自分が善い(よい)子だと何時か錯覚していくのである。





だれでも、こうありたい・こうあるべきという理想を持っていると思う。でも、それはあくまで理想であって、


うまくいかない現実にぶつかることになる。


生きていく中で、“理想と現実”は常について来るものなのだと…


何かの度に思い知る、莉愛なのでした☆



ん…なんか脱線して気がしますがw


次は『白い巨塔』を読むぞ~ヾ(@^▽^@)ノ