私が来る前から相当飲んでいた様子で、こないだは自分のことを話すようなタイプに見えなかったのに、今日はお酒の力もあってか、私の質問に答えながら色々と話してくれた。


「…土方、さんってさ、原口くんと同じ大学?」

「そうだな…あいつとは学科が一緒なんだ。」

「そっかぁ…じゃぁ私より3つ下なんだね~」

「…っ!?もしかして、年上だったのか…いや、でしたか?」

慌てて敬語に変えるところもやっぱり可愛い。


「そうだけど、童顔なのか、いまだに大学生くらいに見られちゃうのよね~。あ、敬語なんて使わなくていいから。」


「あ…はい。」


「でも、土方くんって呼んでもいいかな?」


「かまわないけど…。」


彼は照れているのか、下を向いたまま、グラスに残っていたお酒を一気にあおった。


「あ…ちょっと飲みすぎじゃない?」


「…姉みたいなこと言わないでくれ。」


そうでなくても年上の女性は姉を思い浮かべてしまって苦手なのだと、彼は頭を掻いていた。


「お姉さんがいるんだ?」


「…あぁ。口うるさくて、手が早い姉が一人。」


彼は心底嫌そうな顔をするけれど、そこには親しみが込められているようにも感じた。


でもその後、彼は急に黙り込んでしまい、私は彼の顔を覗き込んだ。

「…どうしたの?」


「俺は…姉を許せない。」


「…!」


「いや…違う。許せないのは俺自身だ」


それから、彼は自嘲気味に薄く笑って、またお酒をぐいっとあおった。笑っているのか、泣いているのかわからない…そんな顔見ると、こっちまで何故か胸が痛くなってくる。


だから、私は手を伸ばして、カウンターの上に乗せられていた彼の左手をそっと握った。


「…何があったのか、聞いてもいい?」


急に手を触れられて驚いた様子だったが、振り払うことなく、彼は話しだした。


あの夜の電話は彼のおじいさんの危篤の知らせだったらしい。

…そして、その死をいまだに受け入れられていないのかもしれない、と彼は話した。


彼にとって、よほど大切な人だったのだろう。そうでなければ、こうも見境なく飲んだりはしないだろうから。


「じいさんはずっと入院はしていたが、治療はうまくいっていると聞いていたし、俺が見舞いに行くといつものように笑っていたから…」


「まさか、手の施しようがなくて、延命のための治療を断っていたなんて…気づきもしなかったんだ。」

そう言って彼はまたお酒を飲んだ。


「姉は、そのことを知っていたのに…」


彼は今にも泣き出しそうな顔をしている。きっとこの人はおじいさんが亡くなってからまだ泣けていないのだろう。だから、こんなにも苦しんでいるんだ。

…支えてあげたい。

自然と湧き上がったこの想いは…何?でも、今はそのことよりも…伝えたい。


「おじいさんも、お姉さんも、あなたのことがとても好きなのね。」


彼は目を大きく見開いてこちらを向いた。言葉は何も発しなかったから、私は思っていることを彼に伝えようとした。

「二人とも、あなたのことが好きすぎて、大事すぎて…言えなかったのよ、きっと。
あなたもそれをわかっている。…でも、悲しみが大きすぎて、受け入れられていないだけ。
自分をそんなに責めないで…。おじいさんも、お姉さんも、あなたが自分を責めることなんて、望んでいないと思うわ。」

彼は私から目を逸らすことなく聞いてくれて…カウンターに突っ伏して、肩を震わせ始めた。

「…っ…。」

私は、声を押し殺して涙を流す彼の背中を黙って擦っていた。幼子をあやすように。
彼もそれを受け入れて、ひとしきり泣くと、そのまま…カウンターに突っ伏して寝てしまった。


「う~ん…どうしよう。」


このまま置いて帰るのはさすがにマスターに悪い気がするし…。


「ね、土方くん、起きて。そろそろ帰らないと…。」


と言いながら、肩を揺さぶってみるが、まったく目覚める様子がない。


「マスター、悪いんだけど、タクシーを呼んでちょうだい?」

マスターは私の気持ちに気づいているのかもしれない。穏やかな表情で、彼をタクシーに乗せるのを手伝ってくれて、見送ってくれた。

一応、タクシーに乗ってからもう一度声を掛けて家の場所を聞こうとしたが…


「そこを…まっすぐだ…」


なんてことT字路で言うものだから、私は家の場所を聞くことを諦めた。

彼は、タクシーの中で私の肩に持たれながら、再び寝息を立ててしまったので…私は仕方なく、自分のアパートに連れて帰った。


いや…仕方なく、ではない。どこかに、何かを期待してしまう自分がいた。



でも…やっぱり、簡単には起こらないから…“奇跡”というものが存在するのだろう、と思う。