岐路 | ぴいの日常

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リウマチ治療をしながらのお仕事や日々の暮らしの徒然

息子が中3。進路も考えなくちゃいけない年なのですが、その辺りは、本人に任せるとして・・・自分の中3の頃を最近思い出す。


理学療法士という職業を知ったのは、中3くらいだったのか?

あまり定かではないけれど、出会いは漫画。

大谷博子さんの『星くず』シリーズ~『由似へ』

由似の父の職業が理学療法士でした。


でも、その当時は自分が理学療法士になりたいという強い思いもなく、高校を決めた決め手は部活でした。


たまたま中学校の時の部活の顧問の先生のご主人が、その高校勤務だったつながりで、一緒に練習をさせてもらう機会があり、その時の練習の雰囲気と、先生がとても気に入って、(絶対ここでバスケやりたい!!)と思い、勉強したっけ。

ただ、入学後知ったショックな出来事は、その年から顧問の先生が異動になり、それから3年間、こっぴどく叱られまくる先生との出会いでした…(今となっては、良き思い出ですが、ほんと、よく叱られた。良く蹴られ・叩かれたな~)


結局、理学療法士になると確定的に思ったのは、バスケ三昧だった高校時代の部活引退後だったような気がします。

当時、まだメジャーでなかった職業で、進路相談室に行っても、先生自身が良くわからなくて、随分自分で苦労して情報収集したっけ。挙句、個人懇談で「お前ならできるから、頑張れ」って、どんな指導だ!!と・・・


色々思い返してみるけれど、両親は、たいていどの場面でも、

「あんたのいいようにしなさい」

と、見守っていてくれたと思う。

今に至っては、

「あんたたちは、自分でちゃんと立派に育って、みんな親以上になってありがたいわ~」

とよく言っている。

でも、そんなふうにおおらかに見守ってくれていたおかげで、どんな岐路に立っても、安心して進んで来られたのだと、感謝しています。

まだまだ親を超える事は出来ないと・・・。


そんな思いもあって、自分の親への恩返しは、自分の息子に対して、自分の学んだ事をちゃんと伝える事なのではないかと、思っています。

人生の岐路で、思い切ってジャンプできるよう、ちゃんと見守ってやらなくちゃな・・・と。