前回はイベント期間が終わってしまう前にシェアをしたくて、バルセロナの地元イベントの話題に飛んだが、パリでのバースデートリップについてはこの最終日の内容で完結しようと思います。

 

前々回のブログでお誕生日のお祝いはレストラン予約の都合上1日早くしてもらったということに触れたが、結果1日早くお祝いしてもらってよかった事態が起きたのだダウン

お誕生日当日、セーヌ川沿いでジョギングをすることから1日を始めようという予定でいたのだが、私はなんだか不調で走りに行く準備をしている彼を横目に二度寝。起きてからもスッキリしなかったが、お誕生日だしせっかくだから彼が戻ってくるであろう時間まで前日行って美味しかったご近所のカフェにとりあえず出かけた。カフェに出かけたと知らせていなかったのに家でじっとしていない私の性格を理解してか同じカフェにいるだろうと予測したジョギング帰りの汗だくな彼が現れた時には寒気がして頭もぼ~とした感じでとりあえず横たわりたい気分だったダウンそれから1日半ベットから起き上がれず「寝誕生日」だったぐぅぐぅ彼は彼で普段寝込むような体調不良を起こさない私がお誕生日当日に寝込んでいることに同情していたが、私は私でせっかくパリに来ているのにどこにも行かず軟禁状態になっている彼に同情していたのだが、外は大雨だし写真の編集もしたいし、パリは何度も来ているからということを言ってくれて申し訳なさは半減したが、私自身も又いつでも来れるし、40歳以降これ以下の経験がないとポジティブに考えたら無理せずにゆっくり休もうと思えた。

最終日のお昼過ぎにやっと起き上れるくらいの体力が回復し、お天気もよかったので外に出て新鮮な空気を吸いたい気分にまでなった。お誕生日に寝込んでしまった私に同情した彼の第一声は「お誕生日プレゼント買いにシャネルに行く?」だった。確かに大好きなシャネルの本店に行ってみたいし、本店でしか売っていない物があるかもって思ったけど、今の私に新しいシャネルファミリーはいらないし、何よりこの日は日曜日。そう、パリでもバルセロナと同じく高級ブランドショップは日曜日がお休みっていうことは調査済みで知ってました。気をつかってくれていつも優しくしてくれる彼には心を打たれっぱなしで恋の矢結婚して更に彼の人間力の深さや魅力を感じる瞬間が増え、結婚に対して理想をもっていなかった私が彼と出会って結婚して家族になれたことはもしかしたら人生で起きた一番幸せな出来事だと思う今日この頃ラブラブ

 

はい、おのろけはここまでにしておきます走る人

 

さて、外は昨日と打って変わっての青空。世界最大級のコレクションを誇るルーヴル美術館も行っておかなきゃと思ったが、こんなにお天気が良いのに室内にいるのはもったいない気がして、ぶらぶら散策できる下町の風情が残るのMontmartre(モンマルトル)へ行くことに。ここは日本でも人気で世界中でヒットしたフランス映画「アメリ」のロケ地にもなったとてもチャーミングな場所である以外に、パリのランドマーク的な存在にもなっているサクレ・クール寺院↓があったり、

パリの一部になる前まではぶどう畑や風車のある農業地帯でもあったそうだ。19世紀から20世紀初頭にかけては画家たちが集まった芸術の町でもあり、ゴッホやモディリアーニ、ピカソなどなども制作に励んでいたという。

 

駅を出ると小さな公園があり、その中にタイル貼りの壁"Le Mur Des Je Taime"、「愛の壁」という意味で世界各国の愛の言葉で埋め尽くされているのだが、この前でセルフィーを撮っているカップルで賑わっていた↓

日曜日だったからか、アンティークマーケットも↓

 

標高130メートルに位置するパリで一番高い位置にあるモンマルトルの丘を目指して散策を始めたのだが、坂道が多かったり、急なところには階段になっていたり↓

ケーブルカーやミニバスでも上がれるらしいのだが、歩くのは好きだしと思って歩いたが、完全復活していない私には軽々登れなかった汗

 

登りきったところには、美術館があったり、似顔絵を描いてくれるアーティストらしき人たちがキャンパスに絵を描いていたり、かわいいカフェがあったりと賑わっていて街歩きが楽しい。

 

 

そうこうしている内にサクレ・クール寺院に到着。もちろん遠くからでも絵になるが、目の前に迫るとなかなかの迫力↓

 

あまりの人混みで寺院の中には入らなかったが、寺院の前の広場からはパリの景色が一望↓

 

暫く芝生に座ってぼ~としていたり、テルトル広場に戻ってお茶したり、ゆっくり過ごしてから

丘を下っていった↓

 

陽が沈みかける頃の寺院も渋さを増してなかなか素敵↓

 

暖かい陽に包まれた穏やかで平和な散策日和だった~。

 

 

翌日彼は仕事でロンドンへ、私は1人旅で香港経由の日本入りをする予定だったため、この晩は早めに休もうという意見もあったが、翌日から約2週間会えないこともあり、お誕生日の夜に連れてってくれようと前売券を購入して無駄にしてしまったエッフェル塔の展望台に行こうということになり、パリ一高い位置にあるモンマルトル丘からパリ一高い建物であるエッフェル塔に移動。

 

駅を出たら外はすっかり暗くなり、ライトアップされたエッフェル塔が更にキラキラな「ダイヤモンド・フラッシュ」という日没後から毎1時間、約5分の特別ライトショーがタイミングよく始まった↓

 

きゃ~、全てのタイミングが揃ったライトショーだったのもありロマンチック~。

これで大満足だったので、高い入場料を払って(しかも事前購入チケットを無駄にしちゃっているし)展望台に行く必要ないなって思ったけど、ここまで来たしとりあえず入場の行列がどれくらいか確認しようという彼の押しで行ってみると噂ほどの行列でもなかったので、並ぶことに。約20分並んでチケットを購入して早速エレベーターでまずは一階の展望台に。それから階段で二階の展望台に。最上階まで行くエレベーターに乗り換えて最上展望台にロケット

 

 

晴天のお昼に見たら、東西南北に何が位置しているか、セーヌ川がパリの街を横断しているのがはっきり確認できるのだろうが、夜景はロマンチックで好きっ。それに夜に飲むシャンパンなら睡魔が襲ってきても寝るだけだから存分に飲めるし↓

 

すごい行列なのにフレンドリーで終始笑顔だったおじさんにチップをあげたからなのか、私を呼び戻してくれて写真撮影↓

 

「フランス人は高飛車で、よそ者を受け付けないところがあり、英語が理解していてもこちらがフランス語を話さないと相手にしてくれない。一流ホテルでもレストランでもそうだし、観光客が事件に巻き込まれても守ってくれるどころか無愛想。」とフランス人に対する良い評価はあまり聞いてこなかったけど、レストランやカフェでも道行く人も英語で親切に答えてくれたし、テロ以来警備が更に厳しくなっているようで至るところに警備員がいたが英語で対応してくれたりと、今まで聞いてきたフランス人批判は勘違いかなっと思うほどだった。

 

人生初のパリ、何でも高すぎてびっくりだが、ロマンチックな街でまたもや一生忘れない思い出のバースデートリップをプレゼントしてもらったフランス

 

日々を楽しむことが得意なスペイン人らしく、バルセロナでも特に春をお祝いするかの様に毎週末いや毎日のように食、文化、音楽、芸術などなどを始め、誰かが企画した目的別の地域のコミュニティなどなど何かしらのイベントがあちらこちらで開催されている。

 

 

お友達も知り合いもゼロからスタートしたバルセロナ生活で、会社勤めをしている訳でも、仕事をしている訳でも、学校に通っている訳でもなく、パパ友やママ友との繋がりがある訳でもないため、自分から積極的にアプローチしなければ新しいお友達を作る機会はほとんどない。あまり人見知りをしない性格と人とお話をするのが好きな私はバルセロナに移ってから、特に行った先のレストランやカフェ、犬のお散歩中など言葉が通じ合えばいくらでも話続けられ、気が合いそうなら連絡先の交換をしてお友達になるというパターンがほとんどだが、シャイな旦那さんは私には便乗するが自分から知らない人に話しかけることはしない。ただ、彼の場合はマウンテンバイクやロードバイクが趣味でレースに向けて1人でトレーニングをしている以外に、月に数回『Meet up』で時間とレベルにあったグループを探して参加している。同じ趣味を共有したり、情報交換をしたり、新しいお友達を作ったり、(内容にもよるが)競争相手がいることによって刺激になりモチベーションが上げることができたり、又は自らがオーガナイザーとなってイベントを企画したりと便利で楽しいサイトを利用している。

私自身も『Meet Up』に登録しているが、知り合いもいないグループに1人で参加するということはほとんどない。というのも、団体行動が苦手だし、趣味は自分のペースで好きな時間に1人で静かにしたいし、限られた人数のグループに参加して用事ができたり、気分がのらなかった時に「約束したから行かなきゃっ。」というプレッシャーを感じたくないし、何と言ってもコミットメントするのは大の苦手(旦那さんには「結婚は一生のコミットメントなのによくしたねっ。」って言われるが…)。バルセロナに移った当初はサルサやズンバのダンスクラス、語学交換のグループに参加してみようかなって思っていたのだが、チャンスを逃したまま時が過ぎ、お友達も徐々に増えて『Meet Up』の存在をすっかり忘れていたDASH!

 

さて、私たちが住んでいる地区はSant Antoni(サン・アントニ)。

街の中心カタルーニャ広場から徒歩約10~15分、地下鉄で二駅の場所にあり、昔ながらの地元感と若く都会的で洗練されたオシャレでクリエイティブな新人類Yuccie(ヤッキー)が経営している様なレストランやカフェバー、ショップが近年どんどんオープンし、古今それぞれの魅力が融合された特に地元の若いオシャレに敏感な人たちに人気急上昇なエリアである。バルセロナに移った当初は、拡張地区を意味するL'Eixample(アシャンプラ)地区のサービスアパートメントに住んでいた。あちらは高級ブランドやレストランが多く、住んでいる人も品が良く、街も清潔でうちの目の前には24時間営業している大きなお花屋さんがあり安心感のある地区に感じたため、こちらSant Antoni(サン・アントニ)に移った当初は、公園や広場でたむろっている人たち、大きな犬を連れていて犬の落し物を拾わない人たち、マリファナの匂い、暗くなったら1人歩きをしてはいけないと言われているEl Raval(ラバル)地区のお隣ということもあって、目と心を開いて地元の冒険に出て開拓しようという気にならず、暫くはあまり好きになれなかった。しかし、バルセロナの滞在日数が少ない旦那さんはこちらにいる間は私と違ってアジア食ではなく、地元のレストランやタパスバーに積極的に行きたいので、彼がいる時に少しずつ開拓していくうちに新しい発見やお気に入りの場所ができ、私が心を閉ざしていたことで地元の良さに気が付かなかったことに気付いたひらめき電球

毎日こちらにいるということではない旦那さんが帰ってくると、やはり行きつけのレストランに戻ってしまい、気になるレストランやタパスバーはいくつかあるのだが、最近はあまり開拓をしていなかった。そんな矢先、先日彼が『Meet Up』で自転車グループをリサーチしている時に『Sant Antoniでタパスの食べ歩きツアー!』を見付け、参加することに音譜

 

自分たちだけだったら見過ごしていたり、入らなかったりするが、ツアーならオーガナイザーが各タパスバーに連れてってくれし、色々な人との出会いもあって楽しいそう音譜ということで今週の金曜日に行って来ました~。

 

こんな感じでお友達数人と参加する人もいれば、1人で参加する人もいる↓

 

この一軒目で知ったのだが、Sant Antoni(サン・アントニ)地区の商工会がTapantoni(タパントニ<タパスとサン・アントニをかけたのであろう>)というイベントを5/13~5/29まで開催していて、地元43軒のタパスバーと9軒のレストランがとってもお得なプロモーションを提供している。プロモーション内容はなんと⬇︎

 

43軒のタパスバー:アルコール飲料+タパス一品=2.5ユーロ(約300円)

9軒のレストラン:コースメニュー=25ユーロ(約3000円)

 

お得過ぎる価格で、タパスはスナック程度かと思いきや、どこもお値段以上で味もしっかりしたタパスを出していることにびっくり目

 

この日は、4~5軒回る予定ということ。

 

1軒目の『24 Fotogramas』ではビールとバルサミコ酢の蒸し鶏とザクロのピンチョス↓

 

2軒目『Restaurante Mateo's』

ビールにレモンソーダで割ったシャンティとアボカドの上にサーモンとマグロ、エビのマリネ↓

 

3軒目『Anardi, restaurant』

ここは混みすぎていたのと、3軒目ともなると話しをする相手が増えタパスの写真を撮るのをすっかり忘れてしまったが、タパスはフィレステーキとフォアグラがのったピンチョス。

バスク地方出身のオーガナイザーのオススメで酸味が強いSidra(シードラ)というりんご酒をオーダー。味は香港でもよく飲まれている台湾の伝統漢方飲料の「酸梅湯」と似ている↓

 

ここは豪快に色鮮やかに並べられているピンチョスが魅力的でずっと気になっていたのだが、この隣にある『Agust Gastrobar』のステーキとカラマリ揚げバンズが好きでどうしても素通りしてしまっていたので、これを機会にもう一度改めて行ってみようというお店だった。

 

4軒目『Hamburgueseria La Lia』

フレンドリーで陽気なイタリア人のおじさんと話しが絶えず、お店の写真を撮りそびれてしまったが、ここで出されたのはボリューミーなハンバーガー↓

 

最後は隣の『Sirvent Barcelona』でデザートを食べるということでだったが、もう満腹になってしまったことと、開始から約3時間経ち既に23時近くなってしまったので、犬たちにごはんをあげなきゃいけないことと、旦那さんが翌日フライトがあるということで私たちはここまで。

 

この晩行ったとこは、どこもオープンして間もないところだったが、こうして地区がイベントを企画してサポートしてくれたりするのは経営者にとってはすごく良い機会だし、消費者としても安価で色々と試せるきっかけがあるのは嬉しい。

スペイン語やカタラン語が全くわからない私がこちらのイベントや情報を調べてるのは大体英語になるのだが限度があるので、こういったコミュニティがあったりするととても便利で有り難いグッド!私たちは今回『Meet Up』を通じてこのイベントに参加したが誰でも参加できるので、この期間中にSant Antoni(サン・アントニ)に来てタパスバー周りをするのも楽しいと思います。ナイフとフォークTapantoniナイフとフォーク←をクリックすれば各レストランやタパスバーでどんな内容のプロモーションをしているか英語でも確認できます。

 

「お誕生日のお祝いはパリの由緒あるレストランを予約したけど、当日は予約がいっぱいで前日のランチになっちゃうけどいいかな?ごめんね。」

 

ということで連れてってもらったのが↓

 

1789年、フランス革命勃発の第一声が上がったPalais-Royal(パレ・ロワイヤル)の庭園の一角に既に存在していた場所にあるLa Grand Véfour(ル・グラン・ヴェフール)。「既に存在していた場所」という言い方をするのは、前身となる1784年当時、洗練されたオシャレなCafé de Chartres(カフェ・ドゥ・シャルトル)があったからだ。

Palais-Royal(パレ・ロワイヤル)は、ルーブル宮殿の北隣にあり、当時5歳のルイ14世が宮殿から移り住んだことから、パレ・ロワイヤル(王宮)と呼ばれるようになったという。時は過ぎ、フランス革命前に王位を狙っていたフィリップ2世(フィリップ・エガリテ)が、ユダヤ人金貸し業者からの借金を返済するために、抵当になっていたパレ・ロワイヤルの庭園にコの字型の建物を建てて、商人たちに貸し出していた。そこにはレストランや商店、中庭にはカフェができて繁華街となった。さらにここは警察が立ち入り禁止だったので、娼婦や怪しい商売をする人たちで溢れていたり、革命家たちのたまり場となって民衆の政治議論の中心となったそうだ。

 

歴史を知ると面白い!

 

借金を返済するために不動産経営を始めた場所が革命家たちのたまり場となり、1789年7月12日にカミーユ・デムーランが「諸君、武器を取れ!」と演説し、パリ市民を扇動しフランス革命が始まった。そしてまたフィリップ2世も革命を歓迎した。

当時のCafé de Chartres(カフェ・ドゥ・シャルトル)のオーナーはJean Véfourだが、カフェの名前でもある「シャルトル」は、フィリップ2世の父が公位を継ぐまではシャルトル公として知られていたし、後に七月王政の王となったルイ・フィリップ1世でシャルトル公爵を継承していた。因果関係は不明だが、学校や教科書では出てこないこういった生の体験で得る知識から自分なりの解釈や当時を想像しながらストーリを妄想したりできるのは楽しい。そして、何よりも公爵だの王だのと言っても人間味のある部分を知ると遠い存在ではないんだなっと感じる。人間の心理的状態や行動パターンは国や時代が違ってもそんなに変わりがないこと、そして歴史は繰り返えしているんだなって思ってしまう。

 

 

またまた、話は逸れるが、このブログを打っている間ずっとLes Misérables(レ・ミゼラブル)の"Do you hear the people sing(民衆の歌)"が頭の中で流れて止まない。映画を観た時は心を動かされなかったが、ブロードウェイでミュージカルを観て以来、この歌詞がすごく心に響いた。

「不平等や差別を受け、怒りを抱えたまま過ごしてはいけない。いつかの自由のために主張し、立ち上がらなければいけないんだ!負けるかもしれない、生きるかもしれない、それでも踏み出すか?明日はまた新しい人生のスタートだ。」

時代や問題の種類が違ったとしても、「もう何かの奴隷になって振り回されることはない。解放されて自由になる権利があるのだ。自分のために立ち上がって!」と私は解釈する。

 

 

さて、バースデーランチナイフとフォーク

 

レストランに入るとミシュラン★シェフでLa Grand Véfour(ル・グラン・ヴェフール)の現在のオーナーシェフのGuy Martin氏が自らお客さんを笑顔で迎い入れ、コートを預かってくれた。常連でもVIPでもない私たちを気さくに迎い入れてくれたことに実際びっくりして、本当に彼かチラ見を何度もしてしまった目

 

店内に入るとの金色の額縁の大きな鏡やスープラポルト、天井や壁、華麗で趣のある調度品で装飾されたネオクラシズム様式。とってつけにディスプレイされた感じではなく、年季の入った歴史を感じる店内。

 

 

前述したように、1784年にAntoine Aubertot氏によってCafé de Chartres(カフェ・ドゥ・シャルトル)がオープンし、1820年Jean Véfour氏が買収し、レストランに自らの名前を吹き込んだ。その間、ナポレオンとジョセフィーヌ、ロマン主義の詩人・小説家ヴィクトル・ユーゴーを始め、多くの政治家や文化人が常連客として通ったそうだ。1914年から1945年まで色褪せてしまったが、1948年からRaymond Oliver氏の引率により華麗なレストランに蘇った。その後35年間、王室の方々、政治家を始め重要な人物のおもてなしをしたという。

一方でミシュラン三つ★を保持し続けたが、二つ★になってしまったことは新聞のヘッドラインとなり大きなニュースになったという。

 

★があろうがなかろうが、歴史あるレストランでお祝いしてもらえるのは幸せラブラブそして高級レストランならではの緊張感もたまには刺激的だし。数時間くらいなら、いつもより声のボリュームを5トーンぐらい落としてお行儀良くできるしグッド!

私と彼はそれぞれ違うコースを頼んだが、まるでおもてなし上手のお友達のお家に招かれ「もうお腹いっぱいでこれ以上は食べれない」とは言えないくらい丁寧に準備され、お口直しも数品あるコースだった。長く勤めているであろうお店の人たちも押し付けがましくなく、居心地の良い声のトーンと自然な笑顔で高級レストランとはいえ終始リラックスできるお店だった。

 

 

デザートも一口しか入らないくらい満腹だったのに、きました~!チーズのカート↓

そうそう、ヨーロッパではチーズが〆だった~。私は目の前のチーズに圧倒されて、匂いだけで更にお腹いっぱいなったのでスキップしたが、チーズが大好きな旦那さんは目を輝かせて特にオススメされたものを幸せそうに平らげてました。

 

 

この後、チョコレートと何かちょっとしたデザートが更に運ばれたが、お腹が重すぎて立てないくらいの私たちは前の目の1人でいらしている品の良いお婆さんを見習ってお持ち帰り用にしてもらいました。気取らずに出された物を無駄にせず、こうしてちゃんとお持ち帰りできるお店には心がこもっている様に感じる。

 

 

ランチ後はシャネルやLV本店でお買い物をするよりも何よりも(数年前の私なら確実に一番最初に行っていたであろう)、唯一私が行きたいとリクエストした憧れのLa Maison Baccarat(メゾン・バカラ)に向けてお散歩。太陽が顔を出してくれたおかげで色々と寄り道をしたり、バルセロナでは見ない木やお花を鑑賞するのに予想以上に時間を使ったがこれも贅沢な時間。

 

宝石赤La Maison Baccarat(メゾン・バカラ)宝石赤は高級エリア16区にあり、合衆国広場で子供たちが遊んでいる平和な光景をバカラの象徴でもある赤地のロゴとフランスらしい赤い扉が見守るように存在している。

ここはマリー・ロール・ド・ノ・アイユ子爵夫人が暮らしていた邸宅で著名人や芸術家との交流の場として提供していたそうだ。夫人のセンスの良さや当時の様子が伺い知れる贅沢な内装も見どころだということで楽しみ倍増。

 

大きな鏡がある玄関入り口は、誰もいなくて一瞬お昼休み?と思ったが、受付から一階はバカラショップ、二階には美術館とレストランがあると案内され、気持ちが高ぶって走り出したい気分を抑え、早足しで二階へDASH!

 

 

美術館に入ろうと思ったら、チケットは一階のバカラショップで購入するように言われ、また下に戻ることに汗 

 

ちょっと落ち着こうと、チケット購入後あらゆるところに何気なしに配置されているシャンデリアをまずは鑑賞しようということに↓

 

鼓動が高鳴って息がしづらいくらい静かな興奮が止まらない。彼をどこに置いてきてしまったことも気付かず、1人で何度も何度も同じところをぐるぐる~。

 

苦笑いをしている旦那さんと合流して美術館に。

 

美術館内は撮影禁止だったので、写真はないがテーマに沿って展示されているバカラ作品がそれぞれの世界観を表現している。伝統的なバカラ作品から日本の天皇や著名人まで世界中からの注文品もあり、一つ一つじっくりショーケースに鼻の脂つきそうな程近づいて見入ってしまう。

かつて芸術家たちが交流を深めた場所であっただろうボール・ルームは華やかで、スクリーンにはバカラの歴史や作っている映像が流れていた。私たち2人しかいなかったからか、わざわざ映像を英語に変えてくれた。映像は短い内容だったが、そこにずっと座っていたかったので何度でも繰り返し見たかったがタイムトリップする前に離れた。

 

忘れていたが、ここのお手洗いは必ず行くべきということだったが、バカラのお手伝いなら清潔だろうと思いとりあえず行ったら↓

 

鏡に反射してどれが実物でどれが幻しかわからないくらい、タイムスリップした様な錯覚に陥った何だか不思議な空間だった。

 

一階に降りる前にもう誰もいないレストランを見せてもらうことができ、見学↓

 

ここはCrystal Room(クリスタル・ルーム)というレストラン。

内装はフランス人デザイナーのPhilippe Starck(フィリップ・スタルク)。そしてシェフは、なんと私たちがさっき会ってきたLa Grand Véfour(ル・グラン・ヴェフール)のオーナーシェフのGuy Martin氏 。なんて偶然なの~!!

ここに来るまでレストランがあることも知らなかったけど、次回のリクエストは憧れのバカラの大型シャンデリアを眺めながら、大好きなバカラ食器たちに囲まれ、またGuy Martin氏の繊細で上質な味が楽しめる(ル・グラン・ヴェフールのオーナーシェフでありながら、どうやってクリスタル・ルームのシェフをしているのか気にはなるが)至福な時間を過ごすということに決定ひらめき電球

 

テンションが高くなっているまま、一階のバカラ・ショップへ。

4月上旬だから桜のイメージにしたのか↓華麗なのに華奢でときめきっぱなし。

 

 

昔から買い集めたい物がいくつかあるが、この後の旅を考えたり、いつかどこかに定住したら、ということでテンションが高ぶっててもちゃんとわきまえていたから衝動買いにはならずに済んで夢の様な時間を過ごし、無事にLa Maison Baccarat(メゾン・バカラ)から手ぶらで出ることができました。ふ~DASH!ドキドキラブラブ

 

40歳ベル

 

のお誕生日はちゃんと思い出に残るようにと、一緒に過ごせるようにと1年以上前からお休みを取ってくれていた旦那さん。彼は仕事で何度も行っていたけど、私は初パリフランス

 

どこかに行くのは知っていたけど、パリと知ったのは、出発の3日前!

どんなお洋服を持って行こうかと早速お天気を調べると雨続き傘な予報。毎日雨なんてテンション下がっちゃうな~って思っていたら、「そうだっ!日本にも行こう!」とひらめいたひらめき電球のが出発前日。4泊5日の旅が約2週間の旅になるためペットシッターの手配して、パリ→香港→名古屋→金沢→東京で着まわしのきく軽い服と最低限の靴をパッキングしていざバースデートリップに出発DASH!

 

 

2時間弱の気軽なフライト。バルセロナを拠点にしている今、改めてヨーロッパ圏の移動は便利だなと実感。

 

今回の宿泊先は、度々利用している「191か国以上で暮らすように旅をしよう。」のairbnb。その国や土地、地域がもっと身近に感じれるから好きっ。利便さを考えて、第4区のマレ地区にしたらしい。ヒップスター系のこだわりのあるカフェやビストロも多く、なんだかオシャレな雰囲気。あとから知ったが、この地区はパリジャンに人気のブランドや新進デザイナーのショップが集まるオシャレスポット激選区らしい。

 

荷物を置いて、早速街をぶらぶら~。

 

パリ=オシャレ、何度も行きたい街、というイメージとはウラハラに、「街は意外に汚いんだよ。」とか、「観光客を狙った犯罪も増えて治安も悪くなってるから気を付けてね。」とか、最近はマイナスイメージも聞こえてくるが、バルセロナで免疫がついているせいか、何かを踏んでしまわないように下を向いたまま歩かなくてはいけないくらいでも、怪しい感じの人たちがウロウロしていているようにも感じなく、建物やカフェ、ショップの作りを眺めていたり、写真を撮ったり、携帯で地図のチェックをしたりとゆっくり街を散策しながら必要以上に警戒したり、不安に思ったりすることなく、精神的にもゆっくりぶらぶら~できた。

 

 

話は逸れるが、スペインに来る前も治安の悪さを散々聞かされてビビってしまった私が取った、取ろうとした行動は⬇︎

 

・結婚指輪以外の宝石類やアクセサリーは香港の金庫に預ける

・ブランド物や高級品アイテムは香港の倉庫に置いていく

・格好はファストファッション系で過ごす+靴はフラットかスニーカー

・現金はミニマムに

・必要がなければバックは持ち歩かない

・アジア人っていうだけでも異色の存在のため、目立たない様に振る舞う

・お気に入りの長い巻き髪をバッサリ切る

・1人の時は日が暗くなる前に帰宅する

・電車内で中国人が集団リンチをされたらしいから1人では乗らない

・大好きな夜遊び禁止

 

などなど、バルセロナ事情も把握しきれていない、言葉も理解できない、1人の時間が長い、世界的にも安全な場所に住んでいて免疫がないということなどもあり、不安と警戒心が募りすぎて、ルールを決めすぎていた。

ここ最近まで警戒心がマックス状態で特に1人で外にいる時は、常に気を張っていなければいけない状態で疲れてしまうのだが、そのおかげで今のところ事件や盗難には巻き込まれていない。しかし、こちらに来たお友達が実際にスリに遭ったり、領事館に行くとびっくりするくらいの日本人観光客がパスポートの再発行手続きをしているのを目撃して「スリって本当にそこら辺にたくさんいるんだ⁉︎」と気付かされた。

最近はこちらに長く住んでいる日本人のお友達も増え、私が聞いてきた程実際危険な目に遭わせたり、傷付けたりするまではほとんどなく、こちらが警戒しているっという素振りがあれば狙われにくいということや、夜が長いバルセロナで出かけたり、電車に乗っても大丈夫だということを知り、私も友達とディナーをして1人で帰れるくらいの勇気は出てきたが、私が常に気を付けていることは⬇︎

 

・人通りが多い道を選んで歩く

・あまり良くないと言われているエリアには人通りの少ないシエスタ時間や夜に通るのは避ける

・TPOを考慮した格好と振る舞いをする

・現金はミニマムに

・トートバックタイプは使わない

・ショルダーバックは斜めがけで身体の前位置、更に手を添える

・レストランで席についても引ったくられ防止でストラッブは身体にかける

・1秒たりともバックを野放しにしてはいけない

・テーブルに置いている携帯やサングラスは常に視界内に置く

・道で話しかけられたら、自然にバックに手を添える

・使用するATMは人通りの多い場所で、おろす金額はなるべく抑え、サッとしまう

・ATM使用前後は、安全確認のため、周りを確認する

 

 

さて、パリの1日目は第4区からセーヌ川と平行に凱旋門を目指してとにかく歩いて、ノープラン(っていつものことだが)の気まま散策音譜

 

広場に突如現れた飛び乗ってしまいたくなるメルメンチックなメリーゴーラウンド↓

小説に出てきそうな風景。とりあえず撮りたくなる↓

4月上旬でまだ肌寒かったが、太陽が少し光を射してはじめてくれた↓

凱旋門到着↓

 

エッフェル塔方向に向かって川を渡り、第7区辺りからノートルダム大聖堂を目指しての散策。

 

ビールやワインを飲みながら川辺でおしゃべりしたり、ジョギングやサイクリングしたり、犬のお散歩をしていたり、それぞれが自由にのんびりリラックスしている。こういった風景は香港では見られなかった(湿度が常に80%以上で空気の質が最悪という理由もあるが)。

私自身、せっかちな性格でスピードを追求しすぎるあまり、立ち止まって自然を感じたり、公園でゆっくりしたり、目的もなくお散歩することも今までの人生ではなかった。旦那さんと出会ってからこの地球では人間のエゴを満足させるために傲慢に振舞うのではなく、動物や生物、植物との共存で成り立っていること、空気や風、空の色、植物の変化、鳥の声や小動物の存在、そして生活のスピード感に敏感になり、価値観も徐々に変わって「クオリティーライフ」について考えさせられるようになった。物質的で人工的な環境で育ったこともあるためか、「物質の量が幸せの量=持っていることが豊かである」という価値観が無意識に備えていた。

 

 

 

1年半前にバルセロナに移らずにそのまま香港で暮らしていたら、きっと今年40歳になってもあまり振り返って考えることはなかっただろうと思うが、こちらに移って時間的な余裕があり、今までいた場所と違う価値観やリズム、ライフスタイルを体験すると比較することができ、自分は何が幸せに感じるのか、心が求めていることは何かと自問する毎日(これもある意味ミッドライフクライシスなのか⁉︎目)である。

今まで自分の年齢や周りの人たちがどう生きているのかを比較して気にしたことがなく、したい事をしたいタイミングで好き気ままに過ごしてきたが、人生80年生きれるとしたら、「40歳って人生の半分の地点にいる」という事に気付くと何も考えずにはいかなくなる。というよりも、深く考えずに無計画に過ごしてきたのに、やりたい事リストは✔︎が入り、やりたいことはけっこう順調に今日までやってこれたのがラッキーだったのだとさえ思ってしまう。

 

 

ピンクの夕焼けを静かに感じながら、穏やかな人生のパートナーがそばにいてくれる中、実年齢と中身がマッチングできず、なかなか自覚が生まれないが、今回の旅は自分の人生を振り返る、自分と向き合う、そして今後の自分と対話してみる事にしてみた!!

 

「40年間生きてて、何を築いただろう?」

「役に立つ人間でいるだろうか?」

「日々昇進しているか?」

「本当にしたかっったことをしているか?」

「生まれてきたミッションは何か?」

「人生の課題は何か?」

「過去の過ちを清算、解決したか?」

 

などなど、自問自答すればする程、暗くなってしまいそうだが。。。

 

バースデートリップは始まったばっかりだし、パリの後は人生初の『一人旅』も予定しているし、ゆっくり自分と向き合って考えてみよっ!

 

 

日が長くなり、やっと暗くなってきたパリの街。ライティングが照り始め、サプライズ的な感じで急にロマンチックな風景に一変。風もピタリと止み、さっきまで周りにいたエッフェル塔の置物や自撮り棒を売っているお兄さんたちを始め観光客もどこかへ行ってしまったのか、まるで私たちしか存在しないかの様な空気が漂い「これがパリマジックなんだねっ!」と何だか感動で喉の奥が酸っぱい感覚になった。

 

 

 

 

 

この時点で、もう私はパリを満喫して満足した気持ちでいた。

 

。。。ということで、そろそろ小腹も減ったしディナータイムナイフとフォーク

 

無計画で計画されたことに縛られるのが苦手な私たち2人は、特に何がどのタイミングで起こるか分からない旅先では事前にレストランを決めて予約するということはしない。行き着いた時間と場所でオススメされたレストラン(こういう時、airbnbを利用するといいと思う一つの理由が地元のホストから生の情報を教えてもらえるからである)候補から試してみる。シーフードな気分だったので、この晩の行き当たりばったりレストランは宿泊先近くで、外にはクラッシュアイスの上に綺麗にディスプレイされたシーフードが食欲をそそるここに決定↓

 

 

入った瞬間、ドレスコードがあるかと思ったが、予約なしでも笑顔で受け入れてくれたので一安心。

 

 

 

 

 

こうして人生初のパリ1日目は終了ぐぅぐぅ

 

宿泊先に着いて、エレベーターがなく最上階にある私たちの部屋までの6階分の階段を登らなきゃいけないことを思い出したDASH!築何百年という建物が多いため、エレベーターがないのは結構普通らしいのだが、これだからフランス人は健康的でおデブちゃんが少ないんだなって思いながらハ~ハ~DASH!と登りきりました↓

 

 

どくしゃになってね!

1人呑みをしていたら、4月1日に日付が変わった。

 

今日はひらめき電球エイプリルフールひらめき電球

 

暇すぎるとやりたくなっちゃうよね~、ぷぷぷっDASH!

 

 

「30代最後の記念に!」ってことでタトゥーを入れたとup。

ワイン2杯目突入後で脚も赤くムクれていて、しかも実はシールだったのになかなかくっついてくれず、何度も失敗。何回も擦ってつけたからタトゥー部分もちょっと赤くなって、本当にタトゥーを入れたばっかり感でホンモノっぽい。

 

アラフォーになると男性も女性も陥る可能性のある

「中年の心の危機」=ミッドライフクライシス爆弾

 

自分が今まで歩んできた道、価値観、生き方は良かったのだろうか?今後の人生どうやって生きていこうかという不安など「第二の思春期」的な心の状態になり、価値観がブレたり、心の声と現実にズレがあることに気付いたりとコンフューズしている不安定な感情が生まれたりするのだが、このタイミングで自分らしくない大胆な行動に出る人が多い↓

 

例えば↓

 

衝動的にポルシェを買ったり、

ワンナイトしたり、

浮気や不倫に走ったり、

急に同性に興味を持ったり、

先の予定も計画もなく仕事を辞めたり、

ホストクラブやキャバクラ通いを始めたり、

急激に体をムキムキに鍛えたり、

整形したり、

離婚したり、

 

etc...

 

人(心理的な要因もあるのか)によって、症状や表れ方は違うが、私たちの周りにも実際「あ~、とうとうミッドライフクライシスきちゃったんだね。」ってネガティブな結果に出ちゃったという知り合いがいたりする。

 

さて、今回の私は旦那さんを含め、日本や香港にいる暫く私にあっていないお友達にその「あ~、とうとうミッドライフクライシスきちゃったんだね。」っていうのが狙い。シールを擦りながら、ニヤニヤが止まらず、かなり自己満足してベットへぐぅぐぅ

 

くっつかなくて何度も失敗したシール↓

 

今朝起きたらFBやInstagram以外に個人的なコメントが送られて、誰もエイプリルフールとは思わなかった様で私の方がびっくりひらめき電球

 

ということで、そろそろ種明かし↓

 

 

旦那さんは、種明かしするギリギリ前にフライトを終えたばかりだったのだが、キャプテンがスペイン時間の1am~7amのお休み時間をとっていたため、どの国にいてもスペイン時間を基準に生活している彼はスペイン時間の夜中にばっちり勤務時間で、朝時間に4時間➕1.5時間の休みしか取れなかったからもちろん眠れずちょっとお疲れモードだったのだが、前触れもなくタトゥーを入れたことにちょっとびっくりした様子ではあったが、私の狙い通り"Midlife crisis finally kick in(とうとうミッドライフクライシスきちゃった)?"というコメント。1人爆笑した後に、彼にも種明かししたら、アジア・パシフィック版のニューヨーク・タイムズの電子版のリンクを送ってきた↓

 

 

冗談が通じないということで有名な中国の国営通信社の新華社(新華通訊社)が「我々は中国人です。エイプリルフールジョークはやめて下さい。」という見出しなのだが、内容は「エイプリルフールは西洋のイベントで我々中国人に『フールズデイ』という言葉はないと主張した上で、信じない、エイプリルフールズジョークをつくらない、広めないでほしい。」という記事をWeibo(ウェイボ<中国版ツイッター>)に載せ賛否両論の波紋をよんだという記事だったが、ニュースを全く読まない私に比べ新聞や難しそうな記事を毎日大人としてちゃんと把握している彼らしい返しで、暇人の私にはなかなか楽しい人生初のエイプリルフールズの日になりました音譜

 

どくしゃになってね!