まずは訂正
一つ前のブログで、ガウディが電車に轢かれて亡くなるまでグエル伯爵が援助し続けたと書いたけど、これは間違い
グエル伯爵は1918年にグエル公園内の邸宅で息を引きとってます。
ここでちょっとガウディの晩年をサクッと
ガウディはグエル伯爵が亡くなった8年後に夕方のミサに向かう途中で路面電車に轢かれてしまいました。この時、周りにいた誰もがホームレスが跳ねられたと思ってたようで救助を特に急がず、病院への搬送が遅れたという。しかも、遅くなっても帰ってこないガウディを心配した友人の神父さんが探し当てるまで搬送先の病院でもガウディだと気付かれなかったらしい。気付いた後に慌てて懸命な救助措置をしたらしいけど、事故の3日後には帰らない人になってしまった。人生で3回?フラれて失望したのか、女性運にも恵まれなかっり、「グエル公園」に移った半年後、最愛の父親が93歳(この時代にすっごい長生きだったんだ~っと妙に感心してしまったけど)で他界、その6年後には知能に少し問題があった最後の家族でもあった姪っ子も他界し、愛する人たちを失ったガウディは徐々に体調が悪化し、晩年の彼らしく更にストイックなカトリック信者に徹し、質素な生活と食事でただでさえ背が小さいのに加えて細~く、身なりも気にしなくなっていたようだ。お仕事も「カサ・ミラ」を最後に民間邸宅の建築依頼を受けず、教会関連施設のみに集中したそうです。やがて彼は人前にも姿に見せなくなって、人生最後の一年は「サグラダファミリア」内の事務所で寝泊まりしていたとさ
お仕事もお食事も仮眠程度の睡眠も
でとっていたのかな?
「サグラダファミリア」敷地内で撮影したもの。こういう再現コーナーは想像を駆り立てられるから見るの大好きっ。
例えば、机の上はグチャグチャだけど彼の設計や建築の進め方と同様、彼は何がどこにあるか、無造作だけど優先順位順に置かれていて、彼の脳でははっきり把握して整理されていたんだろうな~とか、こんな硬そうな椅子だけど、きっと自分で設計したからパーフェクトに身体にフィットしたのかな~とか、何気なしに椅子にかかっているボロボロのトレンチコート、この一枚しかなかったのかな~とか、手の届く場所にある布袋にはいつでもつまめる様に塩っけのないナッツが入っていたのかな~とかっね
っていうことで、次は彼が余生を捧げて、引きこもった「サグラダファミリア」観光

一つ前のブログで、ガウディが電車に轢かれて亡くなるまでグエル伯爵が援助し続けたと書いたけど、これは間違い
グエル伯爵は1918年にグエル公園内の邸宅で息を引きとってます。ここでちょっとガウディの晩年をサクッと

ガウディはグエル伯爵が亡くなった8年後に夕方のミサに向かう途中で路面電車に轢かれてしまいました。この時、周りにいた誰もがホームレスが跳ねられたと思ってたようで救助を特に急がず、病院への搬送が遅れたという。しかも、遅くなっても帰ってこないガウディを心配した友人の神父さんが探し当てるまで搬送先の病院でもガウディだと気付かれなかったらしい。気付いた後に慌てて懸命な救助措置をしたらしいけど、事故の3日後には帰らない人になってしまった。人生で3回?フラれて失望したのか、女性運にも恵まれなかっり、「グエル公園」に移った半年後、最愛の父親が93歳(この時代にすっごい長生きだったんだ~っと妙に感心してしまったけど)で他界、その6年後には知能に少し問題があった最後の家族でもあった姪っ子も他界し、愛する人たちを失ったガウディは徐々に体調が悪化し、晩年の彼らしく更にストイックなカトリック信者に徹し、質素な生活と食事でただでさえ背が小さいのに加えて細~く、身なりも気にしなくなっていたようだ。お仕事も「カサ・ミラ」を最後に民間邸宅の建築依頼を受けず、教会関連施設のみに集中したそうです。やがて彼は人前にも姿に見せなくなって、人生最後の一年は「サグラダファミリア」内の事務所で寝泊まりしていたとさ

お仕事もお食事も仮眠程度の睡眠も
でとっていたのかな?
「サグラダファミリア」敷地内で撮影したもの。こういう再現コーナーは想像を駆り立てられるから見るの大好きっ。例えば、机の上はグチャグチャだけど彼の設計や建築の進め方と同様、彼は何がどこにあるか、無造作だけど優先順位順に置かれていて、彼の脳でははっきり把握して整理されていたんだろうな~とか、こんな硬そうな椅子だけど、きっと自分で設計したからパーフェクトに身体にフィットしたのかな~とか、何気なしに椅子にかかっているボロボロのトレンチコート、この一枚しかなかったのかな~とか、手の届く場所にある布袋にはいつでもつまめる様に塩っけのないナッツが入っていたのかな~とかっね

っていうことで、次は彼が余生を捧げて、引きこもった「サグラダファミリア」観光

