六月の展覧会へ向けて、今はラフ画と向き合う日々。

白い画用紙の上で、細かな花びらが重なり合う。「あれ、ここの陰影はどちらが濃いんだっけ?」と首を傾げる。それはまるで、正解のないパズルを解いているような、贅沢で静かな時間だ。


「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」

昔から語り継がれる、女性の美しさを讃えるフレーズ。けれど正直なところ、芍薬と牡丹をパッと見て瞬時に見分けられる自信……私には、まだない(もしかして、私だけだろうか?)。


調べてみれば、この言葉には深い意味があるらしい。凛と立つ芍薬、横に広がる枝にたおやかに咲く牡丹、そして風に揺れる百合。元々は漢方の処方から生まれた知恵だという説もあるというから、美しさは健やかさと地続きなのだと思い知らされる。


実を言うと、私はずっと勘違いをしていた。「座れば牡丹」とは、牡丹の花がその枝ぶりに比して驚くほど大輪であることから、てっきり「お尻のふくよかさ」を賞賛しているのだとばかり……。



人生の折り返し地点を過ぎ、そろそろ立ち居振る舞いの「品」を意識したい年頃。一朝一夕に自分自身を完成させるのは難しいけれど、せめて絵の中では表現してみたい。

どっしりと、それでいて清らかに。「座れば牡丹」が象徴する、あの満ち足りた静寂の時間を。