リブログ記事台湾式プリンセスベッド Part 2_歴史
前回、台湾式プリンセスベッドについてご紹介しましたが、今回はその歴史についてお話できたらと思います✨前回の記事はこちら💓この台湾式プリンセスベッド「紅眠床」は、300年から400年前に遡ることができます。それは、台湾は、台湾原住民のみの時代から、オランダに発見され支配下におかれ、中国の一部として扱われ、そして日本の統治時代と様々な国、文化の影響を受け、台湾独自の歴史、文化を作り出していったことが大きいようです。この「紅眠床」(台湾式プリンセスベッド)も下記のそれぞれの時代によって特徴づけられているのです。1. 中国明代(1364−1644)この時代に中国本土の沿岸部から多くの人々が台湾へ移民としてやってきました。この頃、一緒に「紅眠床」の原型となる「架子床」と呼ばれるベッドのフレームがついたものがもたらされたと考えられています。そして、これが様々な文化に影響され、台湾独自の家具へと変わっていくのです。台湾の豊かな資源によって「烏心石」タイワンオガタマノキと呼ばれるとても良質でとても丈夫で家具に適している木材も用いて、中国本土からきた大工さんたちによって作られました。その為、この頃のベッドには、中国の伝統的なお話や神話を元にした彫刻、そして、実用的な収納やハンガーをかけるような機能がつけられるようになりました。また、これらは、「榫接」と呼ばれる、釘を一切使わない方法で組み立てられていました。(この技術は、日本の神社などでも見られる手法ですよね)これらの高度な技術が集約されている為、1つのベッドを完成するまでに20年から30年もの歳月をかけて作られたそうです!!だからこそ、この時代のこのベッドを持つということは社会的にかなり高い地位の人のみが持つことができる家具だったそうです。そして、現在、この時代のベッドを見つけることはなかなか難しいそうです。オーダーしてから完成まで20年から30年だなんて。。。驚きで、ため息が出ますね。2. 日本統治時代(1895-1945)1895年に日本の統治下に置かれた時、中国は清時代へと変わっていました。台湾では、日本の統治が始まり、日本や西洋の技術を取り入れ、台湾のインフラ整備へと取り掛かりました。そこから台湾の経済、産業が発展していったのです。同様にこの「紅眠床」のベッドも時代の影響を受けていきました。今まで未開拓だった台湾高山の木材を日本へ輸出しはじめ、ベッドに使用される木材もショウナンボク(スギ科)西洋ヒノキ、檜など、当時としては、珍しいものを使用するようになったのです。製造方法についても日本人は、機械を導入し釘や接着剤を用いて製造する方法を伝えていきました。それだけではなく、スタイルやデザインも和風の菊花の彫刻やステンドグラスに西洋の船やお城などの装飾をするようになりました。3. 台湾として、ROC, Republic of China (1970年初期)第2次世界大戦後、このベッドの需要が高まることにより機械での大量生産が始まりました。それにより市場でのベッドの供給が増え、結婚時の嫁入り道具の1つとして浸透していったのです。今では、台南にある、国立台湾歴史博物館で「紅眠床」を見ることができます。私は、この「紅眠床」で昔の時代へタイムトリップをしたかのように経験をすることができました!このB&Bでは、「紅眠床」(娘はいまだにプリンセスベッドと呼んでいますが...(笑))のみならず、様々な古い家具や道具が今でも使用されており、本当に昔のよき台湾を体験することができました。そして、そのB&Bを囲む素晴らしい環境、隣にはなかなか日本では見ることができないドラゴンフルーツの畑!プリンセスになりたいと思っている方だけでなく、台湾の歴史に少しでも興味のある方は、是非、訪れる価値があります✨Hotel link:http://www.jijivillagevilla.com台灣歷史博物館:https://www.nmth.gov.tw臺南‧家具產業博物館:http://www.fmmit.com.tw台湾オススメマップ:http://bit.ly/2zpwZG9