先日、中学時代の恩師 竹中俊二先生がお亡くなりになりました
夜遅くに、同級生から連絡がありました
その同級生とは、5月にやりとりしていて、
9月に先生に会いに行こうよ!と計画をしていました
わかる範囲ですが他の同級生にも連絡して、
先生を囲んで吹奏楽部で懐かしいひとときを過ごすはずでした
私が今クラリネットをやっているのは間違いなく先生との出会いのおかげです
私をクラリネットに決めたのも先生のご判断でした
君はクラリネットだよ!と
ヒゲを剃りながら朝練の見回りをされる先生、懐かしいです
ホルン専攻の先生でしたが、金管はすべて
ココはこんな感じ!と演奏してくれました
土日も休みなく合奏
コンクールメンバーでない1年生は朝からロングトーンばかりの日々
音楽室から聞こえてくる先輩たちの音
課題曲のカドリーユ、「ハチロクから!!」との先生の声も懐かしい
時には本当に本当に怖いご指導で、でもその後ろには計り知れない吹奏楽への情熱と私たちへの愛情で、玄洋中を3年連続全国大会まで導いてくださいました
最後の出場が私が1年生のときなので、私は全国大会へは進めませんでしたが、
これまでも書きましたが、あのときのすべてが今に繋がっています
部活時間になると、音楽室前に用意される部活の出席札
部活にくるとこれをひっくり返します
先生、すべての部員の名前とその人のこと覚えています
玄洋中だけでなくおそらく他の学校の部員たちのことも
私が音楽大学に進むことに決めたとき、まだ自分の楽器を持っていなくて、もう違う中学に移られてましたが、そこの学校の楽器をしばらく貸してくれました(これ、言っちゃいけなかったかもしれないけれど)
クラリネットの先生もご紹介してくださいました
先生が関わっている市民吹奏楽団や学校の指導にもお付き合いさせてくださったり、シエナの防府公演にも足を運んでくださいました
先生が移動した学校も、ご指導に関わっている団体は、どこも全国大会へ出場するようになっていきました
そんな素晴らしい先生がたまたま玄洋中に来てらっしゃるときに、たまたまその校区に住んでいた私
他の部に入っていた私に声をかけてくださって吹奏楽部へ入部
そしてクラリネットをはじめました
先生との出会いが今の私の音楽のはじまりです
人生とは出会いなんだなと思います
金曜日にお通夜、土曜日にお式でした
もう決まっている本番があり、山口県の防府までお別れに行くことはできませんでした。
来月の予定をそのままにして、先生に会いに行ってこようと思います。


