イメージ 1

天声人語 2014年10月19日(日)

 絵や詩のテーマに、あるいは流行歌の一節に、湖水は定番ともいえる存在だ。日本にかぎらず、湖は旅情と詩情をかきたてて人を誘う▼「湖にはただならぬモノがいるのではないか。そんなふうに人の心を乱す魔力がある」と野外派の作家、椎名誠さんが本紙で語っていた。そうした代表格ともいえる北海道の摩周湖を、アイヌ語でカムイ・トーと呼ぶ。「神の湖」の意味だ▼その名にふさわしい紺碧(こんぺき)の湖水、名高い「摩周ブルー」に懸念ありと、先日の記事が伝えていた。かつて世界一だった透明度が今は半分ほどに落ちている。カメラを沈めると、降る雪のような浮遊物が深部まで漂っていたという▼温暖化のせいか、近年は湖面が全面結氷しない年がしばしばある。それが湖中の水の循環に変化をおよぼし、ひいては透明度にも影響を与える。そんな原因想定もできるそうだ。つまりは極めて繊細な環境のもとで、美しい湖は存在している▼海や川、そして湖を、詩人まど・みちおさんが「地球に置かれた鏡」にたとえていた。なぜ鏡かというと、山や雲、太陽や星たちも自分の顔を見たくなることがあるから。白雲をくっきり映す摩周湖の写真を見れば、楽しい想像のたしかさに脱帽するほかない▼世界を見回せば、ロシアのバイカル湖は、廃液などの汚染に歯止めがかからない。中央アジアのアラル海は取水の影響で無残に干上がった。各地から湖の泣き声が様々に聞こえてくる。人間の文明が、湖面という鏡に映されている。

ランキングに参加しています。

文字をクリックしていただけたら嬉しいです。