
天声人語 2014年10月6日(月)付
秋の日に街をぶらぶら歩いて美術館などに立ち寄るのは楽しい。といって知識も素養もないから、鑑賞すると言うとかっこよすぎる。ぼーっとながめるだけである。数多くの作品を急いで見て回るよりは、好みのものをじっと見たい▼先日、東京の根津美術館で、中国南宋の牧谿(もっけい)の絵に接した。国宝の「漁村夕照(ぎょそんせきしょう)」。靄(もや)のかかる日暮れ時の風景が懐かしい感じを与える。見飽きない。館内がさほど混雑していなかったので、絵の前から動かなくても迷惑顔をされないのがうれしい▼今秋は、国宝の数々を売り物にした展覧会が目立つ。京都国立博物館で開催中の「京(みやこ)へのいざない」は、「ズラリ国宝、ずらり重文」と銘打たれている。「国宝 鳥獣戯画と高山寺(こうさんじ)」も同じ京博で7日から始まる。東京国立博物館では、「日本国宝展」が15日に開幕する▼国宝は、重要文化財のなかで「世界文化の見地から特に価値の高いもの」だという。なにか大層で気圧(けお)されそうになる。イラストレーターのみうらじゅんさんの旧著『ボク宝(ほう)』を思い出す。「国宝よりも大切なボクだけの宝物」という副題である▼仏像鑑賞が趣味のみうらさんは、優れていると思うのに国宝になっていない作品が多いことに気づく。それなら自分の好みだけでボク宝を決めればいいと考えた。ひとさまの価値観は関係ない、と▼公の格付けは参考になるが、確かにそれがすべてではない。自分が見ていて気持ちがよくなるものを愛(め)でる。秋、おおらかに美に親しみたい。
好きな絵を流れに押し流されず
ずーとみてられるっていいですよね
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