
7月21日,月曜日
人に対するおののきは,わなとなる。―箴 29:25。
ローマ総督のポンテオ・ピラトは,イエスが罪を犯していないことを知っていました。それで,イエスに危害を加えたいとは思わなかったようです。実際ピラトは,イエスは「死に価するようなことを何も」していない,と述べています。それでもイエスに死刑を宣告しました。なぜでしょうか。群衆の圧力に屈したためです。(ルカ 23:15,21‐25)敵対する群衆は,「この男を釈放するなら,あなたはカエサルの友ではありません」と叫び,主張を通すためにピラトに圧力をかけました。(ヨハ 19:12)ピラトは,もしキリストの味方をしたら自分の立場はもちろん,命も危うくなると考え,怖くなったのかもしれません。そのため群衆の言いなりになり,悪魔の意志を行なってしまいました。ピラトはキリストについてほとんど知りませんでしたが,イエスが罪を犯しておらず,イエスが普通の人でないことは知っていました。それでも謙遜さと,真の神への愛がありませんでした。悪魔は易々とピラトを生きながら捕らえてしまいます。塔12 8/15 3:8,9,12
