
神の驚嘆すべきみ業に注意を払う
あなたにどんな影響があるか
10 ヨブの立場になり,全能の神の質問を受けていると想像してください。大半の人が神のくすしいみ業にほとんど注意を払っていないことは,あなたもご存じでしょう。ヨブ 38章33‐38節で,エホバはわたしたちにこう質問しておられます。「あなたは天の法令を知っているのか。あるいは,その権能を地に施すことができるだろうか。あなたは声を雲にまで上げて,波打つ大水にあなたを覆わせることができるか。あなたは稲妻を放って,これを行かせ,『わたしたちはここにいます!』と,あなたに言わせることができるか。だれが雲の層に知恵を置いたか。あるいは,だれが空の現象に悟りを与えたか。だれが知恵をもって雲を正確に数えることができるか。あるいは,天の水がめ―だれがこれを傾けることができるか。塵が鋳物の塊になるかのように注ぎ出,地の土くれもくっつき合うときに」。
11 これまで,エリフがヨブに提起した点を少しだけ取り上げ,エホバがヨブに対して,「強健な人のように」答えるよう求めた質問の一部に注目しました。(ヨブ 38:3)“一部”というのは,ヨブ 38章と39章で,神は創造物のさらに別の際立った面にも注意を向けておられるからです。例えば,天の星座があります。星座の法則,つまり法令をすべて知っている人がいるでしょうか。(ヨブ 38:31‐33)エホバは幾つかの動物にもヨブの注意を引いておられます。それは,ライオンと渡りがらす,山やぎとしまうま,野牛とだちょう,強力な馬と鷲です。実際,神はヨブに,それら多種多様な動物にそれぞれの特徴を与え,生息し,繁殖できるようにしたのはあなたか,と尋ねておられます。特に馬などの動物が好きな人は,この二つの章を楽しみながら調べることができるでしょう。―詩編 50:10,11。
12 ヨブ 40章と41章も調べることができます。エホバは再びヨブに語りかけ,特に二つの生き物に関する質問に答えるよう求めておられます。その二つとは,たくましい巨体のカバ(ベヘモト)と,恐ろしいナイルワニ(レビヤタン)です。どちらもそれぞれ驚嘆すべき創造物であり,注意を向けるに値します。では,どんな結論に達するのが望ましいか,考えてみましょう。
13 ヨブ 42章には,神の質問によってヨブがどんな影響を受けたかが示されています。これより前,ヨブは自分と他の人に過度の注意を向けていました。しかしヨブは,神の質問に暗示されていた矯正を受け入れ,見方を改めました。こう告白しています。「私はあなた[エホバ]がすべてのことをなし得ることを知りました。あなたには達成し得ない考えはないことを。『知識がないのに計り事を暗くしているこの人はだれか』。それゆえ,私は語りましたが,理解していませんでした。私の知らない,私にとって余りにもくすしいことを」。(ヨブ 42:2,3)そうです,ヨブは神のみ業に注意を向けた後,それらは自分にとって余りにもくすしいと述べました。創造の驚異について考慮すると,わたしたちも神の知恵と力に感銘を受けるはずです。そのように考える目的は何ですか。ただエホバの計り知れない力と能力に感動することですか。それとも,それ以上のことを行ないたいと思うべきでしょうか。
14 詩編 86編にはそれと関係のあるダビデの言葉があります。ダビデはそれより前の詩編でこう述べていました。「天は神の栄光を告げ知らせ,大空はみ手の業を語り告げている。日は日に継いで言語をほとばしらせ,夜は夜に継いで知識を表わし示す」。(詩編 19:1,2)しかし,ダビデはそこでとどまりませんでした。詩編 86編10,11節にはこうあります。「あなたは大いなる方であり,驚くべきことを行なっておられるからです。あなたが,ただあなただけが神なのです。エホバよ,あなたの道をわたしに教え諭してください。わたしはあなたの真理によって歩みます。あなたのみ名を恐れるようわたしの心を一つにしてください」。ダビデが,創造者の驚くべきみ業すべてのゆえに感じた畏敬の気持ちには,神への崇敬の念を伴う恐れが程良く含まれていました。理由はお分かりでしょう。そうしたくすしいみ業を行なえる方の不興を被ることを望まなかったのです。わたしたちも同じ気持ちを持つべきです。
15 ダビデは次のことも理解していたに違いありません。つまり,神はご自分の持つ途方もない力を意のままに用いることができるので,神の不興を被るに値する者がいれば,その力を向けることができるということです。それらの人たちには,不穏な将来が待ち受けています。神はヨブにこう問いかけました。「あなたは雪の倉に入ったことがあるか。また,雹の倉をも見るであろうか。それらをわたしは苦難の時のため,戦と戦いの日のために取って置いたのだ」。雪,雹,雨あらし,風,稲妻などはすべて,神の武器庫に納められています。それら自然界の力には,まさに圧倒的な強さがあります。―ヨブ 38:22,23。
16 ハリケーンや台風,サイクロン,雹のあらし,鉄砲水など,自然力によって引き起こされた局地的な災害については,きっとご存じでしょう。例えば,1999年の終わりごろ,大あらしがヨーロッパ南西部を襲いました。それは気象専門家でさえ驚くほどのものでした。風速55㍍を超える強風が吹き荒れて,無数の屋根を吹き飛ばし,高圧線の鉄塔を倒し,トラックをひっくり返したのです。想像してみてください。このあらしで約2億7,000万本の木が根こそぎ倒れ,へし折られ,パリ郊外のベルサイユ宮殿の庭園だけで1万本の樹木が被害を受けました。停電した所帯は何百万にも及び,死者の合計は100名近くに達しました。このすべてが,短時間のうちに生じたのです。何という力でしょう。
17 あらしは異常なもの,管理や制御の及ばないものだと言う人がいるかもしれません。しかし,全能者がそうした力をしっかり制御し管理しながら用い,驚くべきみ業を行なうならどうでしょうか。神はそれに類したことをアブラハムの時代に行なわれました。アブラハムは,全地を裁く方が,ソドムとゴモラという二つの都市の悪を考量なさったことを知りました。ソドムとゴモラの腐敗は甚だしく,これら二都市についての叫びが神に達したほどでした。神は義なる人々すべてが,滅びに定められた都市から逃げられるようにしました。歴史の記録によると,「そのときエホバは,硫黄と火の雨をエホバのもとすなわち天から」それらの都市の上に降らせました。それは,義なる人々を保護し,どうしようもなく邪悪な者を滅ぼす,驚くべきみ業でした。―創世記 19:24。
18 後に神は,古代都市バビロンに対する司法上の決定を下しました。イザヤ 25章が述べているのは,そのバビロンのことかもしれません。神はその都市の荒廃を予告されました。「あなたは都市を石の山に,防備の施された町を崩れゆく廃虚に,よそ者の住まいの塔を都市ではないもの,定めのない時に至るまで建て直されることのないものとされた」とあります。(イザヤ 25:2)今日,バビロンの遺跡を訪れる人は,この言葉どおりになっていることを確認できます。バビロンの滅びは単なる偶然でしょうか。いいえ,そうではありません。むしろわたしたちは,イザヤと同じように評価することができます。「エホバよ,あなたはわたしの神です。わたしはあなたを高め,あなたのみ名をたたえます。あなたはくすしいことを,初めの時代からの計り事を,忠実さのうちに,信頼性をもって行なわれたからです」。―イザヤ 25:1。
10 ヨブの立場になり,全能の神の質問を受けていると想像してください。大半の人が神のくすしいみ業にほとんど注意を払っていないことは,あなたもご存じでしょう。ヨブ 38章33‐38節で,エホバはわたしたちにこう質問しておられます。「あなたは天の法令を知っているのか。あるいは,その権能を地に施すことができるだろうか。あなたは声を雲にまで上げて,波打つ大水にあなたを覆わせることができるか。あなたは稲妻を放って,これを行かせ,『わたしたちはここにいます!』と,あなたに言わせることができるか。だれが雲の層に知恵を置いたか。あるいは,だれが空の現象に悟りを与えたか。だれが知恵をもって雲を正確に数えることができるか。あるいは,天の水がめ―だれがこれを傾けることができるか。塵が鋳物の塊になるかのように注ぎ出,地の土くれもくっつき合うときに」。
11 これまで,エリフがヨブに提起した点を少しだけ取り上げ,エホバがヨブに対して,「強健な人のように」答えるよう求めた質問の一部に注目しました。(ヨブ 38:3)“一部”というのは,ヨブ 38章と39章で,神は創造物のさらに別の際立った面にも注意を向けておられるからです。例えば,天の星座があります。星座の法則,つまり法令をすべて知っている人がいるでしょうか。(ヨブ 38:31‐33)エホバは幾つかの動物にもヨブの注意を引いておられます。それは,ライオンと渡りがらす,山やぎとしまうま,野牛とだちょう,強力な馬と鷲です。実際,神はヨブに,それら多種多様な動物にそれぞれの特徴を与え,生息し,繁殖できるようにしたのはあなたか,と尋ねておられます。特に馬などの動物が好きな人は,この二つの章を楽しみながら調べることができるでしょう。―詩編 50:10,11。
12 ヨブ 40章と41章も調べることができます。エホバは再びヨブに語りかけ,特に二つの生き物に関する質問に答えるよう求めておられます。その二つとは,たくましい巨体のカバ(ベヘモト)と,恐ろしいナイルワニ(レビヤタン)です。どちらもそれぞれ驚嘆すべき創造物であり,注意を向けるに値します。では,どんな結論に達するのが望ましいか,考えてみましょう。
13 ヨブ 42章には,神の質問によってヨブがどんな影響を受けたかが示されています。これより前,ヨブは自分と他の人に過度の注意を向けていました。しかしヨブは,神の質問に暗示されていた矯正を受け入れ,見方を改めました。こう告白しています。「私はあなた[エホバ]がすべてのことをなし得ることを知りました。あなたには達成し得ない考えはないことを。『知識がないのに計り事を暗くしているこの人はだれか』。それゆえ,私は語りましたが,理解していませんでした。私の知らない,私にとって余りにもくすしいことを」。(ヨブ 42:2,3)そうです,ヨブは神のみ業に注意を向けた後,それらは自分にとって余りにもくすしいと述べました。創造の驚異について考慮すると,わたしたちも神の知恵と力に感銘を受けるはずです。そのように考える目的は何ですか。ただエホバの計り知れない力と能力に感動することですか。それとも,それ以上のことを行ないたいと思うべきでしょうか。
14 詩編 86編にはそれと関係のあるダビデの言葉があります。ダビデはそれより前の詩編でこう述べていました。「天は神の栄光を告げ知らせ,大空はみ手の業を語り告げている。日は日に継いで言語をほとばしらせ,夜は夜に継いで知識を表わし示す」。(詩編 19:1,2)しかし,ダビデはそこでとどまりませんでした。詩編 86編10,11節にはこうあります。「あなたは大いなる方であり,驚くべきことを行なっておられるからです。あなたが,ただあなただけが神なのです。エホバよ,あなたの道をわたしに教え諭してください。わたしはあなたの真理によって歩みます。あなたのみ名を恐れるようわたしの心を一つにしてください」。ダビデが,創造者の驚くべきみ業すべてのゆえに感じた畏敬の気持ちには,神への崇敬の念を伴う恐れが程良く含まれていました。理由はお分かりでしょう。そうしたくすしいみ業を行なえる方の不興を被ることを望まなかったのです。わたしたちも同じ気持ちを持つべきです。
15 ダビデは次のことも理解していたに違いありません。つまり,神はご自分の持つ途方もない力を意のままに用いることができるので,神の不興を被るに値する者がいれば,その力を向けることができるということです。それらの人たちには,不穏な将来が待ち受けています。神はヨブにこう問いかけました。「あなたは雪の倉に入ったことがあるか。また,雹の倉をも見るであろうか。それらをわたしは苦難の時のため,戦と戦いの日のために取って置いたのだ」。雪,雹,雨あらし,風,稲妻などはすべて,神の武器庫に納められています。それら自然界の力には,まさに圧倒的な強さがあります。―ヨブ 38:22,23。
16 ハリケーンや台風,サイクロン,雹のあらし,鉄砲水など,自然力によって引き起こされた局地的な災害については,きっとご存じでしょう。例えば,1999年の終わりごろ,大あらしがヨーロッパ南西部を襲いました。それは気象専門家でさえ驚くほどのものでした。風速55㍍を超える強風が吹き荒れて,無数の屋根を吹き飛ばし,高圧線の鉄塔を倒し,トラックをひっくり返したのです。想像してみてください。このあらしで約2億7,000万本の木が根こそぎ倒れ,へし折られ,パリ郊外のベルサイユ宮殿の庭園だけで1万本の樹木が被害を受けました。停電した所帯は何百万にも及び,死者の合計は100名近くに達しました。このすべてが,短時間のうちに生じたのです。何という力でしょう。
17 あらしは異常なもの,管理や制御の及ばないものだと言う人がいるかもしれません。しかし,全能者がそうした力をしっかり制御し管理しながら用い,驚くべきみ業を行なうならどうでしょうか。神はそれに類したことをアブラハムの時代に行なわれました。アブラハムは,全地を裁く方が,ソドムとゴモラという二つの都市の悪を考量なさったことを知りました。ソドムとゴモラの腐敗は甚だしく,これら二都市についての叫びが神に達したほどでした。神は義なる人々すべてが,滅びに定められた都市から逃げられるようにしました。歴史の記録によると,「そのときエホバは,硫黄と火の雨をエホバのもとすなわち天から」それらの都市の上に降らせました。それは,義なる人々を保護し,どうしようもなく邪悪な者を滅ぼす,驚くべきみ業でした。―創世記 19:24。
18 後に神は,古代都市バビロンに対する司法上の決定を下しました。イザヤ 25章が述べているのは,そのバビロンのことかもしれません。神はその都市の荒廃を予告されました。「あなたは都市を石の山に,防備の施された町を崩れゆく廃虚に,よそ者の住まいの塔を都市ではないもの,定めのない時に至るまで建て直されることのないものとされた」とあります。(イザヤ 25:2)今日,バビロンの遺跡を訪れる人は,この言葉どおりになっていることを確認できます。バビロンの滅びは単なる偶然でしょうか。いいえ,そうではありません。むしろわたしたちは,イザヤと同じように評価することができます。「エホバよ,あなたはわたしの神です。わたしはあなたを高め,あなたのみ名をたたえます。あなたはくすしいことを,初めの時代からの計り事を,忠実さのうちに,信頼性をもって行なわれたからです」。―イザヤ 25:1。
