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8 ソロモンと同じようにわたしたちも,他の人々を代表して公の祈りをささげる時,謙遜でなければなりません。信心家ぶった口調は避けるべきですが,謙遜さは声の調子によって示される場合もあります。謙遜な祈りは,大げさな,あるいは芝居がかった印象を与えません。皆の注意を,祈っている自分にではなく,自分が語りかけている方に向けます。(マタイ 6:5)謙遜さはまた,祈りの中で言う事柄によっても示されます。謙遜な態度で祈るのであれば,神に対して,こちらの言うとおりに物事を行なうよう要求しているかのような言い方はしないでしょう。むしろ,エホバにその神聖なご意志に沿って行動してくださるよう請願します。詩編作者は,その良い例となる正しい態度を示しました。こう嘆願しています。「ああ,どうか,エホバよ,救ってください。お願いです! ああ,どうか,エホバよ,成功させてください。お願いです!」―詩編 118:25。ルカ 18:9‐14。

マタイ6章5節
5 「また,祈るとき,あなた方は偽善者たちのようであってはなりません。彼らは,人に見えるように会堂の中や大通りの角に立って祈ることを好むのです。あなた方に真実に言いますが,彼らは自分の報いを全部受けているのです。

詩篇118編25節
25 ああ,どうか,エホバよ,救ってください。お願いです!
ああ,どうか,エホバよ,成功させてください。お願いです!

ルカ18章9~14節
9 しかし[イエス]は,自分は義にかなっているのだと自負し,ほかの人たちを取るに足りない者と考えるある人々にも次の例えを話された。10 「二人の人が祈りをするため神殿に上りました。一人はパリサイ人,他の一人は収税人でした。11 パリサイ人は立って,これらのことを自分の中で祈りはじめました。『神よ,わたしは,自分がほかの人々,ゆすり取る者,不義な者,姦淫をする者などのようでなく,またこの収税人のようですらないことを感謝します。12 わたしは週に二回断食をし,自分が得るすべての物の十分の一を納めています』。13 一方,収税人は離れたところに立って,目を天のほうに上げようともせず,胸をたたきながら,『神よ,罪人のわたしに慈悲をお示しください』と言いました。14 あなた方に言いますが,この人は,先の人より義にかなった者であることを示して家に帰って行きました。自分を高める者はみな辱められますが,自分を低くする者は高められるのです」。

8 公の祈りをささげる際,どのように謙遜さを表わせますか。