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11 会衆内外の個人の間の普通の関係は,互いに平和を作り出すよう努力する多くの機会を提供するものとなります。自分と同様に不完全な他の人びとと絶えず接触していると,時には平和を破る圧力の生ずる場合があります。そうした挑戦は,わたしたちがほんとうに平和を求めているかどうかを試すものとなります。たとえば,今日,口論を引き起こす事がらは数多くありますが,それらはたいてい何ら取るに足りない,つまらない事がらです。口論の起こりそうな状態に自分が巻き込まれそうになっていることに気づいた場合,口論を避けるために何を行ないますか。もし自分の感情を制御し,そうした日常のちょっとした圧力のもとでも首尾よく平和を保つなら,重大な圧力を受けた場合でも平和を維持する土台を実際に据えていることになります。イエス・キリストは言われました。「ごく小さな事に忠実な人は多くのことにも忠実で(す)」。(ルカ 16:10,新)小さい事がらでいつも人と争うようでは,平和に対する重大な脅威に対処できるものではありません。

ルカ16章10節
10 ごく小さな事に忠実な人は多くのことにも忠実であり,ごく小さな事に不義な人は多くのことにも不義です。

口論を起こすような事柄は、
そのときには取るに足りないこととは思えなかったりします。
その場から立ち去って、距離を置けばいいのでしょうが、
部屋がせまっかったりすると、それもできません。
舞は、「ごめん、今機嫌が悪いの」
というようにしています。
そして、相手も不完全な人間であること、
自分も不完全であることを思い起こします。
ごく小さなことに対処できるなら、
だんだん大きなことにも対処できるようになります。
愛、平和、温和、辛抱強さ、自制、謙虚さ、慎み深さなどの
特質を育てることができます。
もちろん、成長させてくださるのは、神です。
=*^-^*=にこっ♪