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エホバの力によって頑張り続ける

20 わたしたちがエホバを待ち望み,エホバに力を仰いでいることを,ぜひとも実証しましょう。エホバが『忠実な奴隷』を通して設けておられる霊的な備えを十分に活用することによってそうできます。(マタイ 24:45)クリスチャンの出版物を手引きにして行なう神の言葉の個人研究や会衆での研究,心からの祈り,長老たちの霊的な援助,忠実な仲間の信者の優れた模範,宣教奉仕に定期的に参加することなどは皆,エホバとの関係を強め,神聖な奉仕において頑張り続ける力を与える備えなのです。

マタイ24章45節
45 「主人が,時に応じてその召使いたちに食物を与えさせるため,彼らの上に任命した,忠実で思慮深い奴隷はいったいだれでしょうか。

20 エホバに力を仰いでいることを,どのように実証できますか。

21 人間はもろい存在ですが,助けを求めてエホバに頼るなら,エホバはご意志を行なえるよう強めてくださいます。使徒ペテロは,そのような助けの必要性を意識して,「奉仕する者は,神が備えてくださる力に頼る者として奉仕しなさい」と書きました。(ペテロ第一 4:11)パウロも,神から与えられる力に頼っていることを示してこう述べました。「わたしは弱いところを,侮辱,窮乏,迫害や困難を,キリストのゆえに喜びとするのです。わたしが弱いとき,その時わたしには力があるからです」。(コリント第二 12:10)わたしたちも同じ確信を表わし,疲れた者に力を与えてくださる主権者なる主エホバに栄光を帰すことができますように。―イザヤ 12:2。

ペテロ第一4章11節
11 語る者は,神の神聖な宣言を[告げる]かのように[語りなさい]。奉仕する者は,神が備えてくださる力に頼る者として[奉仕しなさい]。こうして,すべてのことにおいて,イエス・キリストを通して神に栄光が帰せられるためです。栄光と偉力は限りなく永久に[神]のものです。アーメン。

コリント第二12章10節
10 したがって,わたしは弱いところを,侮辱,窮乏,迫害や困難を,キリストのゆえに喜びとするのです。わたしが弱いとき,その時わたしには力があるからです。

イザヤ12章2節
2 見よ,神はわたしの救い。わたしは信頼し,怖れない。ヤハ,エホバはわたしの力,[わたしの]偉力であり,わたしの救いとなってくださったからである」。

21 使徒のペテロとパウロは,神から与えられる力が必要であることを,どのように言い表わしましたか。

[脚注]

これは,1の後に0が20つく数です。

ものみの塔聖書冊子協会発行。

どのように答えますか

● エホバの民にはなぜ普通以上の力が必要ですか

● 神がご自分の僕たちに力をお与えになるというどんな聖書的な証拠がありますか

● エホバがわたしたちを強めるために設けてくださった霊的な備えとして,どんなものがありますか

● 神に力を仰いでいることを,どのように示せますか

自分に力がないくせに、
自分に理解力がないくせに、
傲慢にも自分に頼ろうとする。
人間って、本当に面白いですね。
自分の力を知り、謙遜に神に求めるなら
エホバは豊かに与えてくださいますよね。
だけど、不思議なことにこの謙遜になる。
自分の弱さを受け入れるって、
結構大変なんですよね。
自尊心がないほど、傲慢の風船を膨らませて、
自分を大きく見せようとしてしまう。
これは、わたしにだけ当てはまることなのでしょうか?