どうも。
論を掲げておきながら、何一つ論じないでやらせてもらっております。
香るエースと申します。
梅雨ですね。
というわけで今回は、ヒグチアイ2017年発売の 猛暑ですe.pから「夏のまぼろし」を。
ピンポイントで香るエース家だけ聞くのが辛くなる夏の歌です。
それでは。
「7月に入ったら船に乗って海に行こう 誰もいない静かなビーチで
言葉のいらない景色だけを追いかけて ゆっくり過ごしていよう」
旅行において「何もしない贅沢」って耳にしますよね。
あこがれますね。
貧乏性なので、一生そんな旅出来なそうですが。
だから、景色を追いかけてゆっくりと過ごすという提案をする「君」
なかなかいいよ。
若いのによく分かってる。
カレンダーめくったら 長い横矢印で 書き込んだのは君だったっけ
消すのも癪だし 一か月くらい我慢して見ないように過ごしていこう
三行目で不穏な空気が…というか既にもう終わってしまった様子です。
長い横矢印切ないですね。
実はつい最近、台風のせいで沖縄旅行が吹き飛んだばかり我が家のカレンダー。
書いてありましたね。長い横矢印。
妻の嬉しそうにデコレーションされた文字で「沖縄旅行」
消すのも癪。
でも見るのも嫌。
分かるわぁ。切実に分かる。
心の掘削作業のような深い考え込ませる歌詞以外にも、こういうあるある的な心情も簡潔にスッと添えてくるのかっこいい。
探せないものならあきらめもつくけどさ
なくしたところに 置いてけぼりかな 忘れただけかな
きらきらと光るのは夏の幻 ぼんやりと灯るのは涙のせいかな
ゆらゆらと陽炎が僕を笑って 手が届かないところへ 君を泳がせたのさ
置いてけぼり、忘れただけ、涙のせいのあとに続く「かな」
こうして歌詞考察の真似事するようになると、ただ聴いてるだけでは分からないヒグチアイらしさがあって。
ヒグチアイらしさって何さ?と聞かれると、やっぱり練りに練られて紡がれた歌詞と言うほかなくて。
この「かな」にもどこか現実を受け入れがたい心情がよく出ていて、
「消すのは癪だが見たくもない」と言った僕がまさに言いそうで。
きらきらと、ぼんやりと、ゆらゆらと
の言葉の並びも心地よくて。
最初は明るいメロディと言葉のリズムが好きでよく聴いていたこの歌も、掘ってみるとやっぱり考えられた言葉が並んでいます。
プロの大工さんの釘打ちを褒めるような軽口になりますが。やっぱりヒグチアイかっこいい。
サンダルの裏にはさまった石の粒 あの砂浜の星の砂
小さな瓶に入れて いつか一緒に返そう 君はいつも笑ってた
あの砂浜とはどこなんでしょうか。
横矢印案件の7月に行こうとしていた砂浜と同じなのでしょうか。
「船に乗って行く誰もいない小さなビーチ」って結構限られますよね。
ぱっと浮かんだのは沖縄のナガンヌ島ですが。
あれは結構人いるしな…ヤドカリも凄い数だし…
あの特有の巨大ヤドカリの大群はちょっと怖かったです。
話がそれました。それすぎたかもしれません。
いつでも君が僕を見つけてくれた
なくしたところで 探しているかな もう戻れないかなあ
きらきらと光るのは君の幻 さびしくて胸の中 風が吹いてる
きらきらと光るのは夏の幻 ぼんやりと消さないで 走る想いのまま
ゆらゆらと陽炎が僕を笑って 手が届かないところへ 君を泳がせたのさ
もう戻れないかなあ、と最後に出てくる「かな」は「かなあ」なのもまたいいじゃないですか。
そしてはじめて「さびしい」という直接的な言葉が続き、ぼんやりと灯っていた夏の幻を「消さないで」と。
終盤にきて一気に僕の心情が伝わってきます。
文字を打っているだけで悲しくなってきました。
君は夏の幻
僕の手が届かないところへ泳いでいった君のこと。
最後に夏の幻として踏ん切りがついたことを願います。
我が家も沖縄旅行のことは、きらきらと光る梅雨の幻として片付けました。
でもカレンダーに書かれた「沖縄旅行」がぼんやりと灯るのは涙のせいかな。
老眼のせいかな。
この猛暑ですe.pは夏をテーマにしているのに
コートを着たヒグチアイがソフトクリーム食べてたり
猛暑ですのMVはチャイナドレスで
妄想悩殺お手ガールという突き抜けた曲があったり
かと思えばやわらかい仮面という凄い歌い出しの曲があったり
ヒグチ民なりたての頃にこのミニ・アルバムを手にしたときは、その掴みどころの無さに戸惑いました。
今では逆に思います。
ヒグチアイ要素オールインのミニ・アルバムじゃないんじゃないかと。
まさに明と暗のコントラスト。
私はヒグチアイは「明るくてポジティブ」論者なので、彼女に明も暗もないと思ってますが、これだけハイブリッド感のあるアルバムを出せる多様性はやっぱりかっこいい。
いつかの海。
