信州読書会さんに参加させていただいて、毎週金曜日に
 課題図書の感想文を提出させていただいていますニコニコ

 

  今回は、サリンジャーの『 キャッチャー・イン・ザ・ライ 』の

  感想です本

  この作品をやっと読むことができましたビックリマーク
     すでに、「青春」とは程遠い年齢になってからですが(笑)

  ただ、青春の定義なんて、人それぞれだし、私は今の年齢で

  読むことができてよかったと思っていますニコニコ

  なぜなら、「青春」を客観的に俯瞰でみることができるから…。

  年齢的に青春真っ只中で、この本を読んでも、このヒリヒリとした

  思春期特有の感情は、主人公のホールデンと共有できなかった 

  かもしれません。

  渦中にいると案外わからないものなんですね汗
    「ライ麦畑でつかまえて」という邦題で有名なアメリカの青春小説

  ですが、村上春樹氏の訳で、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」として

  生まれ変わったそうです。

  ストーリーは是非、直接読んで味わっていただきたいですねウインク
    「青春」は、ひとりひとり違うかたちだと思うので…。

 

 

 

  

The Catcher in the Lie

 

  この小説は「成熟したもの」の権化のような年齢での初読だと、どうしても俯瞰的になってしまう。でも、人間には「未成熟なるもの」が「成熟したもの」の一部として存在し、完全には消失しない…と思う。その「未成熟なるもの」な部分をチクチク刺激されながら、ホールデンの打ち明け話についていく。

 

 ホールデンには、学校、大人など自分を取り巻くものは「インチキ野郎の巣窟」だと感じ、エルクトン・ヒルズのハース校長のように、相手によって態度を変える大人を嫌悪し、自らを「とてつもない嘘つき」だと自認する。

大人になってしまえば、このような感覚は「本音と建前」という折り合いに飲み込まれ、自らが嘘をついているなんて微塵も思わなくなる。ある意味、感覚麻痺なのだろう。

まだ、麻痺っていないホールデンにはキツい状況だ。

池の冬のアヒルについての問答なんて、まるで「星の王子さま」のウワバミの話と同じだ。でも、王子さまと同じで、何回大人にふっかけても跳ね返されてしまう。

 

 そのホールデンが唯一、無条件に受け入れられる存在が妹のフィービーと早逝した弟のアリーだ。二人は、ホールデンにとってインチキ野郎でも嘘つきでもない。兄のDBとは違うのだ。たぶん、DBは池のアヒルの話ができない。そのフィービーに概念的ではなく、具体的に何になりたいのかと問われ「大人のいないライ麦畑で、崖から落ちそうな子供たちをキャッチしてあげる存在」になりたいと答える。私はこの答えを聞いて、ホールデンを抱きしめたい気持ちになった。

なぜなら、ライ麦畑からキャッチしてほしいのは、ホールデン自身だと思うのだ。

彼自身のライ(Lie)麦畑で、学校は放校になり、汚い言葉も使い、背伸びして娼婦を買う真似事もする。本当に会いたい女の子には連絡する意気地もないし、恩師にも砂をかけてしまう。でも、そんな自分はいつか崖から落ちてしまうだろうと感じるほどには成長している。こんな自分をしっかりとキャッチしてほしい…という切ないもがきに聞こえたからだ。
でも、キャッチャーはちゃんとそばにいた。嘘もインチキもないフィービーとアリーだ。アリーの野球ミットに心が落ち着き、フィービーの家出によって、自らの放浪も終わりが見えた。回転木馬のフィービーを見て「やみくもに幸福な気持ち」におそわれたのは、崖からキャッチしてもらえたからだ。

 

私自身も、「ライ麦畑のキャッチャー」を見失わないように、手放さないようにしなければ。

 

 

 

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