信州読書会さんに参加させていただいて、毎週金曜日に
 課題図書の感想文を提出させていただいていますニコニコ

 

  今回は、プリーモ・レーヴィの『 これが人間か 』 の

  感想です本

  アウシュビッツの強制収容所の手記の中で、有名なものの

  ひとつが「アンネの日記」があります。

  私も小学生の頃に「アンネの日記」を読んで、衝撃を受けました。

  当時、同年代の少女の視線で書かれた手記に共感を覚えたから

  です。

  今回の「これが人間か」は、作者のレーヴィが強制収容所の

  経験を緻密に描き、人間の極限状態を深くえぐりましたビックリマーク

  何も考えずに魂を麻痺させなければ生きていけない……

  人間の尊厳も自己も何もない世界で、ただ心臓を鼓動させて

  いるだけの毎日。

  「人間性」とは何か?普段、私たちが当たり前のように享受して

  いる「人間らしさ」とは??

  何から何まで、衝撃の連続で、一気には読めなかったです。

  「暖かな家で 何ごともなく 暮らしているきみたちよ」と

  呼びかける作者の思いをとても説明できません。

  是非、直接読んでみてほしいと思います!!

 

 

  

『 ああ、涙を流せたら! 』

 

 「暖かな家」で「何事もなく」生きていて、死のシャワー室へ入った人々が飲めると信じていた「熱い珈琲」を飲みながらこの作品を読んでいる私に、感想が書けるのか。
私は、この作品を前に何も成せないような気がした。

感情を揺さぶられるのは、客観的だからだ。実際に、その渦中で生き延びた作者の筆は淡々としている。体験した者だけが得る、感情の行き着く先の冷静さだ。

 

私たちが存在している現在の世界は、圧倒的に「生」の世界だ。生の世界だからこそ、死を意識できる。しかし、このラーゲルの世界は、ただゝ「死」の世界だ。肉体として生きていても、感情は抹殺されている。こんなに過酷で希望もない状況なら、死を選ぶ者がいてもおかしくないが、不思議とこのラーゲルでは自死は描かれていない。逆に、そんな「死」の世界では「生」のことしか考えられないのだと気がついた。確かに、「死」を選択することは膨大なエネルギーを使う。精神疾患で希死念慮が強くても、本当に状態が悪い際は自死はしないらしい。治療が進み、良くなった状態の時に自死するケースが多いとも聞いた。このラーゲルで収容された人々も、死を考えられないほど、感情も気力も体力も奪い去られたのだろう。私が常々、「人間は感情の動物」だと思っていることすら、白々しくなってしまう。だって、この感情を抹殺された人々は、人間じゃないということになるからだ。

そんな状況下の中、後にこの経験を記すことを糧に、作者は人間らしくいようとする。

何度も記述されるスプーンとナイフもそうだ。最後の「人間」としての砦なのだろう。少ない食料のために、さらに必死になって、スプーンとナイフを手に入れようとする。人間としての尊厳と文化とアイデンティティの象徴なのだろう。


「ああ、涙を流せたら!こんなふうに、魂を抜かれた虫のようにならずに!」という記述に、私が涙を流してしまう。普段、涙は自由に流せるものだと認識しているが、それは間違っていた。涙を流して、感情を解放できるということは「暖かな家」で「何事もなく」「熱い珈琲」を飲める状態の時なのだ。涙を流す選択さえも奪われて、「これが人間か」。

 

生還を果たした作者も、32年後に自死を選択してしまう。様々な理由が挙げられているが、この収容所の経験が手を下したような気がしてならない。戦争は、32年後でも人間を殺せるのだ。70年前に被爆した男性に、黒い爪が生え続けるように。戦争は、終わらない。

 

 

 

 

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