信州読書会さんに参加させていただいて、毎週金曜日に
 課題図書の感想文を提出させていただいていますニコニコ

 

  今回は、イーヴリン・ウォーの『 回想のブライズヘッド 』の

  二回目の感想です本

  

  一回目の感想 ↓

  https://ameblo.jp/kaoru8913/entry-12449873633.html

 

 

  美しく自由奔放なセバスチャンと真面目な画家志望の

  チャールズの若かりし頃の日々が、ブライズヘッド邸を

  中心に繰り広げられます。ブライズヘッド邸が光り輝いていた

  時代と転落していくセバスチャンとの対比の影が濃く、

  読んでいて、目が眩む思いです。カトリックの信仰が、

  セバスチャンの父の死を通して静かに描かれ、生死と宗教の

  繋がりの深さも実感しました。

  二回目の読書でしたが、この本の深い世界観を理解するには

  まだまだです汗

  三回目、四回目も読みたいと思いますビックリマーク

 

 

  

『 神に愛される 』

 

セバスチャンの破滅的な人生を辿るにつれ、なぜか『沈黙』(遠藤周作著)のキチジローが頭に浮かんだ。キチジローは、ポルトガル人司祭ロドリゴを何度も裏切りながら、彼に赦しを請う。私は、「司祭を裏切るなんて!神をも裏切るのも同じだ!」と『沈黙』を読みながら、何度も憤っていた。しかし、理解していなかったのはキリスト教観のない私の方だった。マーチメイン侯爵の臨終に立ち会った司祭はいう。「キリストは、正しい人ではなく罪ある人を悔いあらためさせるために、おいでになったのです。」(第三部・第五章・P365

『罪と罰』のラスコーリニコフとソーニャしかり、罪を犯した人をありのまま悔いあらためさせることこそが「神の愛」だった。カトリックを避けていたマーチメイン侯爵の「死に対する非常な恐怖」を取り去ったのもやはり「神」だ。信奉するから救われるのではなく、罪のある人を救うという神の愛に、人間は太刀打ちできない。神の愛を目の当たりにしたジューリアが、信奉のないチャールズとの別れを選択するのも必然だろう。罪を重ねれば重ねるほど、ジューリアには神が必要で、「神の慈悲を閉め出すことはできません。」(第三部・第五章・P373
セバスチャンも、マーチメイン夫人の信奉から逃げるようにカトリックから距離をとり、アルコール中毒を伴った放蕩生活を送る。神に見捨てられたかのようだが、カトリックを避けていたマーチメイン侯爵、離婚歴のあるレックスと結婚したジューリア共々、神の御許に戻る。だからこそ、チャールズがブライズヘッドに再訪した際、荒れ果てた屋敷とは反対に、礼拝堂は少しも荒れていなかった。そして、チャールズは覚えたばかりの祈りの言葉を唱える。セバスチャン、マーチメイン侯爵、ジューリア、チャールズは、神を愛していなかったからこそ、神に愛されたのだ。

「ああいう人は神に非常に近いところにいて、神に愛されているんだと思うの。」(第三部・第四章・P311)とのコーデリアの言葉を、かつてテディベアを抱いていたセバスチャンのために信じたい。

 

 

 

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