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 課題図書の感想文を提出させていただいていますニコニコ

 

  今回は、魯迅の『 阿Q正伝 』の感想です本

  清から中華民国へ変わろうとする辛亥革命の頃、本名すら

  はっきりしない日雇いの仕事をする阿Qという男がいました。
  彼は家も金も女もなく、字も読めず、見た目も不細工で
  村の人々に馬鹿にされる最下層の人間でした。

  そんな阿Qは喧嘩に負けても、心の中で自分の勝利と思い込む

  ことで、人一倍高いプライドを守っていたのです・・・。

  そんな阿Qのやりきれないその後の人生や不条理にも殺されて

  しまう姿は、中国の新しい歩みと重なっていくのです。

  俯瞰で阿Qをみると切なくなるのですが、中国の激動期の中、

  精一杯生きていく姿に健気さも覚えます!
     どうぞ是非、手に取ってみてください!!


   

『 ふわりふわり 』

 

 阿Qに、20年ぶりに再会できた。最初に出会った頃はほんの子供で、父親の文学全集を背伸びして読んだのがきっかけだった。当時は「阿Qって、へ~んなの!」てな感じで、字面以上のものを感じていなかった。

でもね、阿Q…今回は違ったよ。大人になってわかったけど、こんなに哀しいポジティブシンキングの使い方があったんだね。


昨今、あらゆる意味で暗い時代を反映してか、世間は「ポジティブシンキング!前向き!」を市井の人々を鼓舞する。確かに、ネガティブに生きるより一理あると思う。でも、それは未来志向を含んでいる場合であって、阿Qは後ろ向きなポジティブシンキングだった。自らの現状を把握しようとせず、ただゝ自尊心を保つことが一番だった。今になって、阿Qなりの精一杯の処世術だったと理解できる。でも、自分より弱い人間を軽蔑し、他人を尊重しないことの言い訳にはならない。その瞬間は胸がすくだろうが、現状に安住するだけで向上心にはつながらない。だから、阿Qは阿Qのままだった。

虱取りに負けて暴力をふるうのもしかり、結婚したいからと女中にムチャぶりするのもしかり、革命家になれば旦那衆をやり込めると短絡的に考えたこともしかりだ。

ただ、私は阿Qを全否定できない。たぶん、私にもどこか阿Qの部分があるからだろう。後継ぎの心配から女中に言い寄る際や自らを革命党だと思い込む際の心境は「ふわりふわり」だ。考えているようで、ただ流されているだけだった。自らがふわりと流されていることに、一番気が付かないのは自分自身だ。阿Q自身が私たちの「あるある」なのかもしれない。

この小説は、辛亥革命前後の中国を風刺しているとされている。当時の中国を憂いて、魯迅が生み出した阿Q…。
でもね、最後に処刑される際、「人として生まれた以上、たまには首をちょん切られることだって、ないわけではない。」って言ってたね。ここだけは、かっこよかったなぁ。哀しいポジティブシンキングだけど。

ただ、阿Qが最後に群衆の中に見た、鬼火のような棘のある合体した眼に、自らがならないように…え、もうなってるのか。
 

 

 

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