今日のことば「境界線」 | 谷口 薫のブログ

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【 境界線 】

まるで自分が権力者であるかのような錯覚。

まるで相手が手下や家来であるかのような勘違い。

人にチヤホヤされ始めたときに、陥りやすい落とし穴。

チヤホヤされるはファンが増えると言い換えても良い。

芸の道でファンが増えたなら、
より芸を磨くことで声に応えれば良い。

作る作品でファンが増えたなら、
より技術を磨くことで喜びを与えれば良い。

競技の道でファンが増えたなら、
より技を磨くことで期待に応えれば良い。

芸や作品や技に集中していた本人と、
芸や作品や技に魅了されていたはずのファン。
アチラ側とコチラ側という
本来交わるはずのない境界線があってこそ成立する関係性。

お互いの間に境界線を意識している間は良いのだが、
ファンが普通望まないようなことを求めたり、
ファンという立ち位置以上のことを求めたり、
その原因がファン側にあれば、ファンの責任だが、
チヤホヤされた「本人」が、
その境界線を越えたり、
その境界線を一部消したりした場合は話が別。

まるでスタッフのような役割や立場、
まるで友達のような距離感…など、
そんな状態に「本人」が積極的に仕向けた場合、
その責任は、その「本人」にある。

…にも関わらず、
「距離感をわきまえろ」
「ウザい」
「ブス」
「アホ」をはじめ、
それ以上に上から目線の言葉だったり、
汚い言葉を書き並べているのを見ると、
そのチヤホヤされている状態に酔っているのが
とても滑稽に感じるのと、
向きになって人を蔑む様子に、
器の小ささを感じずにいられない。

自分が言ったことを理解してくれない。
いつもこう言ってるはずなのに。
書いたことをちゃんと読んでくれない。
聞いたことにちゃんと答えてくれない。

などなど、
自分が普段してることなのに、
自分がされると不快感全開なのも、
器の小ささを露呈している。

それに気づいてもいないし、
自分が一番承認欲求の塊であることに
気づいていないのも滑稽だ。

純粋に応援したいだけなら、
ファンも境界線を越えなくていい。

その代わり、
身内として扱われたくて、
境界線を越えるなら、
内側の汚いことを目にしても、
許容するだけの器の大きさを持たなければいけない。

それは「覚悟」と言っていいかもしれない。

アバタもエクボと思える覚悟があるなら
どれだけでも近づけばいい。

ただ、近づくのは自由だが、
「本人」に拒まれれば、それで終わり。

都合のよい存在に甘んじて、
時にスタッフのように、
時に内輪のように、
時にファンとして、
決して、上に立とうとせず、
うまく利用されて、
お金だけを提供する側でいる。

その「覚悟」があれば、境界線を越えれば良い。

越えさせるのは「本人」
越えるのは「あなた」

互いに自己責任で、
起きていることが相手だけのせいであるはずはない。

色々不満を口に出すのも良いが、
起きていること、
身に降りかかったことがあるなら、
それは「本人」もあなたも
少なからず原因と責任がある。

そこで、相手だけのせいにしようとするから
ややこしいことになる。

冷静になって考えよう。

「本人」はアチラ側の人
あなたはコチラ(あなた)側の人

誹謗中傷、
差別発言、
侮辱する言葉を浴びせられる距離から
離れれば楽になるはず。

何でも許せるファンもいれば、
ミーハーで興味があって近づくファンもいる。

色んな層を1つのコミュニティに包括すると、
それは一般社会と変わらないコミュニティに近づく。

そこで汚い言葉を並べるのも、
その「本人」の人間性。

そこで他人をアホ呼ばわりするのも、
その「本人」の人柄。

そこで特定の人をブス呼ばわりするのも、
その「本人」のレベル。

私に対して言った言葉じゃなくても、
力を持っているつもりになっている人が、
不特定多数の人にむかって、
真剣に汚い言葉を発信する姿を見るのは、
あまり好きではないので、
そんなことがわかれば、
私の場合は、応援しようとする気持ちは
限りなくゼロに近づく。

まぁ、そんなことも、
人間らしいと言えば、人間らしい。

誰とどんな距離感で付き合うか。
それは、最終的には自己責任。

何かが起きたときに、
相手のせいにしようとすると歪んでしまう。

くれぐれも、そこにはお気を付けを。

 

 

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